冲方丁『シュピーゲル・シリーズ』4

 自分はあの青い空を拒み、この苦痛と恐怖に満ちた荒れ野のような地上に、立ち続ける。

 いつか歌った歌のように──飛べるはずと信じた場所へ──
 今──正しい方法で──
 虹の彼方へ──飛んでゆくのだ。


「それは彼らの横顔の一つに過ぎない。重要なのは彼らの顔ではなく、彼らがその顔をどんな地平へ向けていたかだ。
 夢を抱いて嵐を飛び越え、真実の地平に舞い降りるがいい、蝶(ファラージャ)よ」


 辻真先さん(今年で76歳)も読んでいるシュピーゲルシリーズ。還暦超えてクランチ文体を読むってすげぇなあ……。ダ・ヴィンチの特集で、50代のおじさんに『猫の地球儀』読んでもらったら、「何が面白いのか分からない」と言われたとゆーのに。いやこっちは作家さんだけど、なんつーか、若いよね。「声に出して読みたくも読めないSF」とかって。
 さて、ぬえやは世間から著しく遅れながらの感想。いいんだ、ゴーイングマイペースなんだ。
 今回は今までの遠慮がちな連携から一転、電話で中継が繋がっているまさに同時進行。もちろん、両方読まないと話が分からないということはなく、あくまで一方は一方の視点だけで話をまとめていっているので、あえてこのシリーズを片方だけ読み進めるのも一つの手かも。オイレンの後書きで、あと5,6巻で完結との予定が記載されていたので、片方のシリーズを読み終わらせてからもう片方ってわけだ。もしかしたら7巻や8巻で終わったり、5巻(上)や6巻(中)が出るのかもしれないが。
 オイレンでは国際空港を舞台に、ハイジャック+戦闘機で亡命してきた中国の女軍人が襲来!
 スプライトでは国連都市を舞台に、国際法廷を妨害するテロリストと対決!
 とゆーのがそれぞれの事件だけど、実はこれが「二つで一つの事件」。未曾有の豪雨と「第七の証人」の特殊性ゆえ、別々の事件に見えていたのであった。互いの小隊長殿は携帯電話で連絡を取り合い、それぞれ白人男をパートナーに、事件を追っていくが……。
 白人男こと、パトリック(オイレン)とハロルド(スプライト)ですが、何とも頼りになる野郎どもです。特にパトリックは説教好きで、ことあるごとに涼月を諭し、導き、感銘を与える。ワグ・ザ・ドッグという4巻サブタイも彼の台詞からであり、もはや裏の主役。
 二つのシリーズが見事に連動したことで、涼月と鳳が対になっていることが顕著に分かります(傷痕とか)。他のメンバーも今までのシリーズで、対になる描写はありましたし。
 涼月-鳳:小隊長・胸にコンプレックス・傷痕(まあ涼月のあれは通常は見えないものですけど)
  あと、吹雪を二分割してちょっと属性を増やすと、冬真と水無月になるような気が。
 陽炎-乙:リズム(心臓と八拍子)・お菓子(ガムとロリポップ
 夕霧-雛:音楽(歌とCD)・電波・トリッキー(トラップ)
 などなど……他にも対になっている箇所あるかも。で、ハロルドとパトリックも見事対になっています。つうかこの二人って例の悪友同士だし。涼月がパトリックの説教で泣きそうになっている一方で、鳳のほうは悪化するばかりの事態の中でハロルドに叱咤されるというそれぞれ逆の関係になっているし(いや、どっちも導かれたり感銘を受けるのは同じですが)。ハロルドは鳳に「(飛び)立って戦え」と言い、パトリックは涼月に「前へ進め」と教える。
 でも、ドラマガ掲載分を収録した「彼/彼女までの距離」の黒アゲハ*1なら、パトリックに臭いと言われちゃうんだろうなあ。冬真(Sに開眼)がいたから、その必要はありませんでしたが。あと鳳さんは、デレてくるとツンになるタイプなんですね。厄介だわ−、ツンキャラ苦手。世間じゃなぜあんなにツンデレがもてはやされるのだ*2。同じデレなら素直なほうがいいに決まっておるだろう。多少のひねりは歓迎するが、ツンとか面倒なだけじゃわい。好きなら好きと言え、うがー。
 にしても雛は冬真以外にも水無月とフラグが立ちつつある気が。
 全体的な感想としては、スプライトは読みやすく、オイレンは読み込めるという感じでしょうか。
 オイレンは名台詞や名シーンが多くて、あちこちページ折りながら読み進めるんですが、ドラマガ掲載分と合わせてオイレン4より分厚いスプライト4は、ページ折りの箇所はぐっと少ないんですよね。まあ、名台詞だけじゃなしに、汚れたダイヤとかヘイハイツとかの説明部分にも折り目付けているせいかもしれんが。スプライトに登場する、高貴なる証人たちは素晴らしいし、世界統一ゲームも良かったんだけど、台詞とかシーンで強烈に印象に残ったものって少ないんですよ。いや、とても細かいレベルはあるし、比べるのがオイレンでなけりゃ、色々と心に残るものはあるんですけれど。
 オイレン三人娘も、スプライト三人娘も、それぞれに葛藤し、刻々と悪化する状況にうちひしがれながら、それでも苛烈な嵐を戦い抜きます。
 で、前者の場合の葛藤は、わりと人間的。後者が非人間的ってわけじゃないんですが、葛藤の内容は現状と任務への絶望や徒労感であり、守りたいと心から思った人たちを守れないことは確かに悲痛です。が、前者もその点では同じ悲痛も抱えているわけですが、それに加えて個人的な葛藤があり、それがまた状況にシンクロしているから、余計に重苦しい。涼月の劣等感・陽炎の恋心・夕霧の飛翔。今回、乙には復讐心が芽生えているんですが、それもいまいちフィルターをひっつけた感じで、引き金を引けなかった陽炎や、恐怖に耐えて戦う夕霧と比べると、真に迫るものがない感じ。
 やっぱり普段からレベル2を使用していることと、関係あるのかなー。
 スプライトにおける事件の前座に、山猫(ヴィルトカッツェ)事件があったように、今回の事件でもまた、何かの布石のごとく、何名かの犯人は逃走してしまいました。ホイテロートは「三人のうちの一人」っぽいですし、ロートヴィルトともども、いずれ陽炎とミハエル隊長の前に現れることでしょう(しかしルージュトロワと合わせて、三人とも「赤」が関連しているようですが、それじゃミハエル隊長は? 陽炎が紅であることと合わせているのかね、やっぱ)。
 オイレンでは三人娘全員がレベル3を使用しましたが、スプライトは乙だけ解禁でしたね(副次武装はレベル2でも使えるみたいだし)。こっちはオイレンよりキャラ多いし、オイレンと同じ巻数で終わるのかなあ……一冊あたりがどんどん分厚くなるのかしら。電撃で終わクロが作った記録に、富士見でスプライトが挑む勢いで(笑)。
 それにしても、感想のなんぼかを、通常の日記に混ぜて書いてしまったから、思ったより書くことが出てこないなー。えーとこの世は複雑怪奇の怪物が闊歩する荒野であり、苦痛と恐怖に満ちたそこに空を見上げて立ちながら、妖精と犬は怪物にあらがい続けるのであった、まる。なんてねー。
 今回は、両シリーズの絵師さんが新キャラとして登場したり(クラリッサとアデライーデ+ディーゼル課長)、デビュー作『黒い季節』登場のキャラ名が出たり、ニナさん貴方ってそっちの人だったのねとか、そうかバロウ神父って若いころ美形だったのね(巻末おまけ)とか、オイレンはおまけがなくて残念だなあと小ネタも楽しかったです。北京オリンピックとか。あと、ヘルガさんは公共のマナーを守るかDVD鑑賞に切り替えるべきだと思います。

*1:この石くれがわたくしなのです

*2:今はそろそろ古くないかとも懸念されるが、人気は根強い……気がする。