岡本倫『エルフェンリート』1〜12巻

「……、コウタさん……、どうして泣いているんですか?」

エルフェンリート 4 (ヤングジャンプコミックス)

エルフェンリート 4 (ヤングジャンプコミックス)

エルフェンリート 6 (ヤングジャンプコミックス)

エルフェンリート 6 (ヤングジャンプコミックス)

エルフェンリート 11 (ヤングジャンプコミックス)

エルフェンリート 11 (ヤングジャンプコミックス)

 萌えとエロスとグロテクスの闇鍋的な、属性過剰搭載型力技漫画。「クビチョンリート」と呼称されるほど、首チョンパで有名。表紙と中身のギャップは激しい。結構前に完結していて、私自身も大分前に読了したのだが、再読したので感想をば。
 新人類ホモ=ディクロニウスと旧(現)人類ホモ=サピエンスの、種の存亡をかけた戦いというSF的バックグラウンドを持ちつつ、人類少年・コウタと、新人類の「女王」ルーシー/にゅうの壮絶な愛と葛藤の物語……なのだが。そこに過剰なスプラッター描写とあざといどころではない萌え・エロ(直接性描写とは違う)が投入された漫画。まあ、終盤はそっち方面は減りますが。初期はデッサンバランスの悪い絵で、そこも敷居の高さ……もとい、抵抗を感じる人多し。女の子のおもらし率が高いことといい、エロにしろグロにしろわりとニッチ方面に突き抜けている気がする。
 が、最後は主要登場人物が結構生き残っていたり「やった!」と思わせてやっていなかったりと、詰めが甘いな〜という展開も目立ち、重いんだか重くないんだか分からなくなったりする。基本は悲劇的で陰鬱な話で、最後は単純な大団円とはいかなかったんですが。
 ただ、非常に荒削りながら、力を感じさせる物語を持った漫画です。上記のエロス(やたら感じやすい体質の女性陣)・萌え(なぜか次々と主人公のもとにころがりこんでくる様々な属性の少女たち)・グロ(首チョンパ、四肢切断、胴体切断、○○○○溶解、幼女腕爆破)+絵の下手さなどが致命的に読む人を選ぶのですが、そこさえ乗り越えればOK。まあ、作者の趣味が暴走している感もありますが……。
「よくこんなのメジャー誌でやってたなあ」とつくづく思います。秋田チャンピオンとかなら納得するんですけど(笑)。ウィキペディアの記事によると、担当とストーリーの打ち合わせを殆どしなかったとかで、いったいどういう連載していただんろう……。
 まあそういったファクターに惑わされがちではありますが、骨子となるストーリーと設定自体は非常にしっかりしていた印象です。
 物語の根幹となる新人類・「ディクロニウス(二觭人)」と、たやすく人体を引き裂く彼女たちの能力「ベクター」、そしてベクターウィルスの設定。それを背景とした、角沢一族の業と悲願。ディクロニウスに対抗するための様々なミリタリー(銃撃戦)描写。ディクロニウスの設定はわりと独自性が高い印象がして好きですね。初めてベクターを見た時は「手や腕の形で表現される念動力」だと思って驚いたんですが、実際に「見えない腕」で、しかも正体は「生殖器」なんてね……。物理的にどうなってんでしょう、あれ。高周波とか出しているけど、肉体の一部なのか? そこんところは未だによく分からない。
 そしてストーリー。研究所室長・蔵間とヒロインにしてディクロニウスの女王・ルーシーの因縁。彼女とコウタの物語。蔵間の娘「最強のジルペリット」マリコと、彼女のクローンを生み出したドクター能宗。蔵間をパパと慕う健気なディクロニウス・ナナ。処女手こと角沢教授の助手・荒川。凶悪SATT坂東の活躍と変遷。群像劇的ともいえる、多種多様な登場人物たちが、根深い因縁や業で繋がり、様々な悲劇と破滅へとなだれ込んでいきます。
 主人公・コウタは、実のところディクロニウスvs人類にはほとんど関わってきていません。たぶん、彼はルーシーの角の意味とかその戦いとか、全然理解していないんじゃないでしょうか。コウタは物語の傍観者ですらなく、何も知らないまま、ルーシーを捕獲せんとする戦闘に巻き込まれたり、怪我をして生死の境をさまよったりします。それでもまあ、重要な存在であることにはかわりはなく、研究所の壊滅後はまさに彼とルーシーの物語でした。
 コウタに代わって、直接ルーシーと対決するのは蔵間室長。自らを慕う実験体7番ことナナをルーシー捕獲に差し向けたり、SATTを出動させたりしつつ、物語の黒幕・角沢長官からの命令に葛藤したりします。あんまり苦悩が続きすぎて、一時は廃人ホームレスと化したりしちゃって、まあびっくり。一応美形キャラのはずなのに。……復活のタイミングは狙いすぎでしたが、わりとご都合主義な部分が散見されるのもこの漫画です。はい。
 最強のジルペリット*1のクローンを作り出し、自らの命令に絶対服従の処置を施した能宗はマッドサイエンティストの鑑ですが、彼の最期は色々考えさせられるものがあります。彼のとった行動に伴う結果はある意味当然なのですけれど、機械で本能を押さえつけられ、能宗を助けた彼女たちの真意はなんだったのか……。
 なんていうか、全編に渡って女性が虐げられる物語でもありますよね。ヒロインのルーシーからして、その生まれゆえに差別に晒され続けますし。彼女が幼き日、コータと過ごした一日はまさにその人生最良の日だったわけで……。他にも性的虐待を受けていたマユ、虐待寸前の扱いでおもらし癖がついてしまったノゾミ、4歳にして毎日顔面に鉄球をぶつける実験を受け続けるディクロニウス3番、「生まれてからずっと鎖に繋がれて、毎日痛い実験いっぱい」されていたナナ、5歳まで少しも体を動かせない・真っ暗な場所で・栄養剤で命を繋ぎ続けたマリコベクターを出せないよう激痛を味わわされながら探知機として働かされるディクロニス28号などなどなど。
 ディクロニウス自体、まだ種として完成していないから、女性しかいませんし。研究所では、エロ艶とは無関係に、ディクロニウス=女性の全裸がずらずらと出ています(ただし、顔は『無限の住人』のムジナ面みたく、袋を被せて隠されているので、余計不気味です。拘束具の仮面とかもありますが)。服すら着せてもらえない、まさに「実験動物」扱い。
 そのわりに、ナナが注射されそうになって「ひーっ」とかじたばたするシーンなんかは違和感ありますけどね。変なところで抜けている。作者の読み切り『MOL』でも、人体実験のため人間のミニチュアクローンとして生み出されたヒロインが、やけに「普通の女の子」な言動していたのも不自然に思いましたし。時々、そうした悲しい背景がちゃんと繋がっていないような気がします。まあ、読み切り含め、「それまで不幸な人生を送っていた女性が、少年と出会って救われる」という傾向の話が多い作者だなあという印象でした。今はスキー漫画描いているんだっけ……。
 残酷なようで意外と手ぬるい、だが過激なことには違いない。ホッとしたらスパッ。そんなこんなで暴走がちな作品ながら、全体を貫くストーリーから伝わってくるものは訳の分からないパワーを持っていて、あざといながらも「……本気か!?」と思わせる。こういう風に物語を紡げたらいいよな、とそのパワーが羨ましくなるような漫画でした。いい意味でも悪い意味でも(笑)。

*1:生殖能力を持たないディクロニウス。ルーシー以外の全てがこれにあてはまる。