多田乃伸明『70億の針』全四巻

 少しだけ 寂しくないための進化

70億の針 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

70億の針 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

70億の針 2 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

70億の針 2 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

70億の針 4 (MFコミックス)

70億の針 4 (MFコミックス)

 評判のいいSF漫画として購入してみると、帯に躍るオススメの言葉が熱いこと。……出渕さんと麻宮さんというチョイスはどうなんだろうな、しかし。
 が、読んでみて、期待はずれだったというのが正直な感想。
 粗筋はSF小説『20億の針』に着想を得たストーリーで、いわゆる「宇宙刑事物」。
 悪の宇宙人を追う宇宙刑事的な奴と主人公が遭遇し、その際に事故で死亡。善なる宇宙人は死んだ主人公を蘇生させてくれるのですが、それは大いなる戦いの始まりに過ぎなかったのです……。
 ウルトラマン鉄腕バーディーなどで繰り返し使われてきたモチーフである。宇宙人じゃないが、武装錬金なんかも近いか(あれ心臓が蝶物質の核鉄になってるもんな)。
 ただこの作品の特徴は、主人公が周囲から自己を断絶させようとしている少女に選んだ点にあります。
 孤独を望む彼女は否応なく宇宙人との共生を始めることになる、そして宇宙人の目的である悪の宇宙人(メイルシュトローム)を探すため、彼の宿主を見つけなくてはならない。今まで引きこもった自分の世界を捨てて、他人と関わらなくてはいけないのだ!
 ヘッドフォン常備というデザインも、「周囲を拒絶する」主人公のキャラクターが視覚的に出ていてグッド。そこまではいいの、とてもいいのよ……でも、踏み込みがまだ浅かったと残念な気持ちになる。
 宿主探しを開始するも、当然それは難航。主人公・ヒカルに宿った宇宙人・テンガイはなぜ彼女がそこまで苦労しているのかいまいちよく分かっていない。が、とあるキッカケからサヤとナオという同級生と仲良くなる。
 次の回には家に上がり込んでくつろいだりと、すっかりフツーの友達関係を築き上げる主人公。だが……そこの所をもっと詳しく書くのがこの作品ではなかっただろうか?
 この後のバトル展開などで、「サヤを助けるためなら死んでもいいか?」と問われたり、何があってもずっと友達だよ宣言されたりするわけですが、それにしちゃ友情をはぐくむ描写が足りないと感じた。
 サヤとナオは作中で描かれた限りは「ただの友達」であって、展開の要所要所で友情パワーを発揮する「親友」たるには、まだ一つ二つエピソードが不足している印象だ。
 全体の設定とか、「こういう物語」をしようという設定の配置なんかはしっかりしていると思うのに、それの動かし方は所々甘くて、それが凄く残念。
 爽やかな表紙と内容の絵柄はストーリーとマッチしていて、良い青春物になりそうであったのに。その魅力が自ら損なわれてしまったような気がする。
 例えば初期に一度だけ、周囲から孤立しようとするヒカルを気に懸ける担任教師がいた。この人、ヒカルが周りを拒絶していることを表現するためだけに出て、その後一切のフォローがない。
「高部、お前変わったなあ」の一言ぐらい言わせてあげて欲しい……。
 他にも、ヒカルを悪し様に言っていた人が敵の犠牲になって、そのまま終わっていることが多いのも気になる。マサヤの婆ちゃんとか。ああいう人たちと「変わった」ヒカルが向かい合ってこその成長じゃないか?
 一冊一冊ごとに物語の節目があって(三巻と四巻はひと繋がりですが)、サクサク話が進んでいるようだけれど、それだけにあちこち置いてけぼりにしている箇所が目立つ。
 それと、画にも若干難を感じてしまった。
 普通に人物が動く分には問題ないのだけれど、バトルとかしていると稚拙というか陳腐に見えて苦しい。特に一巻ラストバトルとか、こういうのに向かない人なのではと思った。
 表紙の爽やかさはとても好きなんですけれどね。
 全体のストーリーも悪くないし、テンガイらとのお別れにはうるっと来るものがある。読んでてヒカルに思い入れが出来てしまうし、だから翻って粗雑になってしまった箇所が口惜しくて溜まらない。
 これはもう、作者の次回作に期待するしかないのでしょうかー。
 あ、ちなみに読み切りの方が絵自体は巧かった気がします。