地下沢中也『預言者ピッピ』1
しかしあなた方は始めてしまったんだ!
本来なら不運で命を落としていたであろう何十万人の人の命を あなた方は救い始めた!
もうやめるわけにはいかないんですよ! あなた方は確実に当て続けなくちゃならない
- 作者: 地下沢中也
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2007/05/05
- メディア: コミック
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その後少々間を開けながら五話を載せ、約六年の間を置いて単行本化された作品。非常に面白いだけに、スピードの遅さは残念。と同時に、これほどの質を持っていては、容易く続きが出ないのも頷ける。
表題のピッピは地震予知のために作られたヒューマノイド型スーパー・コンピューター。彼は過去や現在の地震に関するありとあらゆるデータを入力され、そこから高確率で地震予測を行います。
そんな彼は、開発者である博士の息子・タミオが大の親友。しかしタミオは病気で死が差し迫っていました。そんなタミオの死がピッピにある変化をもたらして……という壮大なSFのストーリーが展開されていく。
絵は正直うまい部類とは言えず、ガタついた描線で平べったい感じのキャラが描かれる。
だがその中できちんとキャラクターが動いて、深いレベルまで思考や情緒が表現されています。タミオが映るモニターに椅子を投げるシーンは、人物の叫びが耳の中でこだまするようだった。
あらゆる災いを無くそうと「願う」ピッピと、巨大になっていく彼の能力を危惧する瀬川博士、ピッピの存在を批判する新聞記者真田、世間体を気にする委員会の大橋……。
様々な人物がそれぞれの立場でぶつかり合い、葛藤する。その描写がまた圧巻。
例えば瀬川博士。息子を病気で亡くし、「入力制限が解除されていれば治療法を見つけられた」という重い事実を突きつけられてなお、ピッピの制限を解除させまいとする強い意志。
「それじゃあ君は今 目の前の救える者を 救わないと言うのか?」繰り返される問いかけ。救わないと言うならば、それは見殺しにすることも同じ。しかし際限なく救い続けるのは……?
「我々には迷う自由も間違う自由だってあるはずなんだ」という瀬川さんの言葉。
新城カズマの『15×24』で西も同じことを語っていました。あれもちょうど、監視網を徹底させてあらゆる子供が不幸な事故や災難に遭遇しないシステムの構想、というシーンで出た言葉です。
全てを解決してくれる機械仕掛けの神様。人類がかつてあらゆる宗教の中で夢想し、願い続けたその存在が、いざ実現しようとしている。それに向き合った社会と人々のドラマが、まさにこれぞSFと嬉しくなった。
ただ作中でもラプラスの悪魔が解説されましたが、量子力学とか考えるとピッピのような計算し尽くしちゃった、は無茶があったりします。まあそこは考えないが吉か。
ラスト一話では一見無関係な猿と船員の話がちょくちょく挟まれていましたが、それが最後の一ページで強烈なオチになり、久し振りに漫画を読んで総毛立つ感覚を味わった。
タミオのクスクス笑いには悪意やあざけりの芽生えにも見え、果たしてピッピとタミオが人類を「幸せ」にするもりなのかどうか危うくなっても見える。
……続きが待ち遠しいが、二巻が出るのは何年先になるんでしょうねえ。