三友恒平『必要とされなかった話』

 なんで… なんで、俺と生き延びたいって言ってくれなかった…!

必要とされなかった話 (IKKI COMIX)

必要とされなかった話 (IKKI COMIX)

 村の食糧不足のため、少年・織春は口減らしに遭う。それはもっとも信頼していたはずの、姉に見捨てられることでもあった……。
 一言で表すなら、独善的な思想の話。そういう印象を持った。
 近代以前の村社会を舞台としていながら、終わってみると中身は意外なほど現代的な感じの作品。現代に通ずるテーマとかじゃなく、登場人物たちの考え方とかが、現代日本人のそれという。
 読んでいる間はかなり面白くて、水奈子と道雄が手を組んだ時にはおおーこのヤバイ奴らが村へ向かっちゃうぜー! と興奮したし、主人公の織春が狼と共同生活で逞しく成長していく過程も良かった。
 のだが、ところどころで蓄積されたひっかかりが、主人公が作品のテーマに対する結論を宣言してしまうあたりで炸裂した仕上がりに。おかげで、読後の印象は鼻につく説教くさい作品となる。
 テーマに対する作者の情熱、意気込みはよく伝わってくるし、それだけに作中の数々のエピソードは熱い仕上がりで読ませる物があったと思う。それに惹かれはしたのだが、やや抑制を欠いてしまったのが残念。
 一読した時は気にならなかったが、少し置いて冷静に読み返すと、ん? となる。
 細かなひっかかりとして、まずキャラクターの名前が舞台に即してない感じがした。
 全員漢字名だけど、単なる村の少年である主人公からして立派すぎる名前の気がするし*1、姉の糸乃(しの)は字面は伝統的だけど音訓の合わせ技が時代に対して新しすぎるような? 水奈子も同様。徳一はいいとしても、道雄はさすがに現代的すぎやしないだろうか。
 絵で見ると主人公姉弟宅も妙に小綺麗かつがらんとして、生活感が薄い感じがした。まあ粗探しのようなものだが、こうした細かい違和感自体は、ラスト近くまではあまり気にはならなかった……。
 ただ、主人公が村を追い出された理由が村の食糧不足なのに、姉が微笑ましく思い出す弟とのエピソードが、「飯の入った鍋をひっくり返して、しかもあまり懲りずに繰り返す」のはどうだろう。
 近現代のように食料が豊かではないし、時代的にも棒でぶん殴られても仕方なさそうなことをしていると思うのだが……。山中で飢えている時も、あんなことしたから罰が当たったのかなと思うわけでもなし。
 他に、キャラクターの造形も現代人くささが強かった。
 心中したがりの水奈子は行動原理がはっきりとしており、何が何でも無理心中しようとする姿勢はトラブルを招いて面白いのだが、当人の人となりがいかにもな電波メンヘラ系で首をかしげてしまう。
 最初に火を放つまでの間に、彼女がそこまで壊れてしまうような葛藤があったのかもしれないが、この物語は基本的に織春視点で進むため、そういうのは全く見えない。
 せめて最後、火に巻かれて後悔する彼女が見たかったのだが……(手のやけどはそれの前振りかと思ってた)。回想からすると、元々不思議ちゃんという設定のようだ。
 姉は弟ともにこの作品のテーマを体現するわけですが、「人が人を必要とするのはとんでもなく失礼なことなんだ」という超理論にはちょっとついていけない。
 言っていることは一面では合っているし正しいとは思うのだが、それを言い表す言葉をちょいと取り違えちゃっているような、妙な印象がある。
 主人公は境遇的にああいう結論に至らないといけなかったかもしれないけれど、それを最初から正しい物として信条とする姉の考えはどうも受け入れられない。前者は村社会から追放された存在で、後者はまだまだ村の中で生きていく人間だから、そこは区別すべきじゃないかなあ。
 姉弟は早くに親を亡くしたから、姉がこういう思想を持つようになったけれど、その発想の時点からして何か違うなあ、と。
 この時代にこんな発想をする、ある意味「天才」は居たかも知れないが、それが時代背景と相克することなく、ただ物語世界内で肯定されてしまっている。そこらへんに作り物臭さが露呈していた。
 現代人が昔の格好してお芝居しているような作り物感があったとしても、話が良ければ問題にしなくても良い。でもこうやって突き回してしまうのは、そもそも話の根幹をなすテーマが、私にはいまいち受け入れられないからだろう。実に惜しい。
 他の「必要とされなかった人間」である五人の放逐者は、織春視点でしか描かれなかったが、いっそ織春が狼と一緒に生き延びていく話に特化して欲しかったかもと思う。
 他の登場人物の中で唯一、道雄は人間らしさがあって良かった(徳一は章題にすら…)。病気になってから見捨てられるまでの経緯を書いて欲しかったが、彼の惨めにあがく死に様は心に残る。
 かなり辛辣に文句を言ったが、それだけ考えさせられる作品でもあった。この作者の短編集が出ているので、次はそちらを読もうと思う。とりあえず鼻につく感じとかだけでもどうにかなるといいのだが。

*1:まああの名前は、冬を越して春を迎える暗示なんだろうけれど。