ロバート・J・ソウヤー, 内田昌之『フラッシュフォワード』
プロコピデス博士、魂とは不死の命であり、宗教とは報いだ。わたしが思うに、きみの行く手には重大なできごとが待っていて、きみはかならずふさわしい報いを受けるような気がする。
当時から、わたしはうすうす真相を察していたのだ。
フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫 SF ソ 1-12) (ハヤカワ文庫SF)
- 作者: ロバート・J・ソウヤー,内田昌之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/01/07
- メディア: 文庫
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ドラマ版はほとんど見てないんですが、あっちは人類が見た未来が半年後。こっちは二十年後ですからねえ。
ロイド・シムコーは一応いるけど、脇役のもよう。
主人公がFBIの捜査官で、フラッシュフォワードによる大惨事が発生し、ブラックアウトと呼称されたそれの原因を探る――というサスペンスな内容でした。
フラッシュフォワード――未来視体験、あるいは時間転移。ヒッグス粒子を発見するための実験によって引き起こされた?その事象は人類に未曾有の体験をもたらした。
全人類の意識が二分間だけ二十年後の未来に飛んだのだ!
もちろん車や飛行機の運転中に、たった二分とはいえ意識を失ってれば大惨事になるわけで……というか立っていただけでも転んで脳震盪を起こしたりで、そりゃもー大変です。
というわけで「人は自分の未来を知ったらどう行動するか?」という古典的なテーマを、「全人類に同時発生」というスケールの大きさで描くSFであります。
フラッシュフォワード発生の原因に関しては、量子物理学の話題なんかで色々考察されていて興味深いですね。お約束の「シュレディンガーの猫」で出てきた「交流解釈」とか面白い。
章の冒頭ごとに未来視で判明した情報や、未来を見たことで起こされたリアクションがニュースとしてまとめられているんですが、これが中々バラエティに富んでいる。
一家心中を始めちゃう悲劇的なケースもありますが、保険会社が破産を宣言しちゃったり(これから二十年後に死ぬ人間が分かりますからね…)、大学の哲学科への講座申し込みが記録的な数にふくれあがったり、弁護士協会が遺言状の変更と作成に忙殺されたり、祈りを邪魔されたイスラム教徒が怒っていたり……。
未来視で判明した情報では「カナダのケベック州は二十一年後も独立していなかった」という日本人にはぴんとこない物もありますが、「キリストは復活していなかった」「ルーカスはスター・ウォーズ九部作をまだ完成させていなかった」というネタも込みだったりします。
しかし「ペプシがコーラ戦争で勝利を収めた」は納得いかないw結末を知っているのは時間だけだ!
あとナノテクノロジーが実現しなかったとありますが、ナノテク自体は既に日常で結構浸透しているのでは……(ナノマシン作ってそれを体内に常駐させるとかいう意味でなら実現出来なくても不思議じゃないけど)。
2027年の新2000年問題って本当に起こるのかな?
このへんの未来予測と、未来視した人々のリアクションは追っていくだけでかなり楽しいです。でももっと肝なのは主要人物・ロイドとテオの動向ですかね。
二人は共同研究者で、フラッシュフォワードが発生した実験の当事者です。幸せな結婚を控えていたはずのロイドは未来視にもたらされた情報が影を落とし、一方のテオは一人未来を見ることが出来なかった。というのも、彼は人々の意識が飛んだ日のその二日前に殺害されていたからなのだ。
ロイドとミチコ(この作品、日本人女性がヒロインポジです。珍しいね)の結婚は? いやそれより、テオはなぜ、誰に殺されるのか、そしてそれを回避することが出来るのか!?
自分としてはテオ周りのサスペンス仕立てのエピソードが大変面白かったです。彼は二十一年の間にノーベル賞受賞者になるので、その殺害が結構あちこちで報道されていました。
そこで他の未来を見た人たちから、断片的に自分の殺害事件について情報を拾っていくのですが、そのへんの情報開示やミスリードが巧みです。
ソウヤー、ミステリーもうまいらしいですね。ボクシングの本当の意味が分かった時は膝を打ちました。
ロイドのほうのエピソードはあまり関心が無かったんですが、彼が強硬に主張していた運命決定論は興味深い物があります。ブロック宇宙の概念とかね。未来が変えられるか変えられないかについては、まあやっぱりそっちへ行っちゃうかーって感じではありましたが。
でも、ラストで見れる不死の実現可能性と、人類がどうしようもなく孤独な存在だってのは、物寂しいものがあります。このへんのSFクサさはそれまでの話から浮いてしまったようで残念……。
次のソウヤーはターミナル・エクスペリメントでも読んでみようかな。ネアンデルタール人のシリーズも面白そうです、この人は人外が得意らしいので。