須藤真澄『振袖いちま』上・下

 わたしのこと ちゃんと気付いてくださらなきゃ だわ

振袖いちま 上 (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

振袖いちま 上 (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

振袖いちま (2) (Beam comix)振袖いちま (3) (Beam comix)
 九十年代に描かれ、長らく未完のまま放置された作品の新装版。と言っても、完結自体は02年版の全三巻で終了しており、追加エピソードなどはなし。
 別にプレミアがついているとか、入手困難だったわけじゃないんですが、色あせない魅力と言いますかね。十年以上前の作品だというのに、思ったより古びた感じがしない、ほっとさせる作品。
 ちょっと気になったら手に取ってみるが吉。
 内容は主人公の少女ゆきと、彼女のひいお婆ちゃんが残した市松人形いちまの掛け合いを中心にした、笑いあり涙ありのノスタルジック大正浪漫ファンタジー
 絵柄は懐かしい少女漫画風味と言いますか、目が大きくてキラキラして線がシャープでいびつな美少年だらけっつー昨今の少女漫画とは一線を画します。
 ほっこりほわほわしたイラストのよう、とでも言いましょうか。菱口(◇。タマネギ部隊とかのあれね)のギャグ顔が頻出したりするものの、全体的に可愛い。白目やハイライトが少ない黒塗りの瞳、わざと切れ目を入れたであろう人物の輪郭線、女の子たちだけでなく、おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもおじさんもみんな可愛らしくデフォルメされている。
 何だろうねえ、風景の一つをとってみても「子供の頃の自分が見ていた世界」がそのまますくい取られているように見えて、ちょっと胸が詰まってしまう。何この感覚。
 男性にもお勧めできる少女漫画ですな。
 で、見所は何と言っても言葉を解し、土手へ行けば人間体にもなれる、いちまさんの愛らしさに尽きます。ワガママ放題で主人公にああせいこうせいと無理難題を注文しまくるので、ゆきがそれに応えていく様がストーリーの主眼でもある。
 でも当のいちまさんは、人間の姿になっても不器用なので役に立たない。だから紙粘土をこねて人形を作るのも、古布を縫って人形用の着物をこさえるのも、全部ゆき一人でこなさなくちゃならないという大変さ。
 なんつーか下手な作家が描けばそんじょそこらにいる一山いくらの悪役みたいな性格です、いちまさん。高慢ちきの傍若無人、丁寧な口調で毒を吐く。
 でも天真爛漫というか天衣無縫というか、その輝きが魅力的に描写され、思わず読者はぐぅの音も出なくなってくるのです! 見た目の愛くるしさもそうですが、言動がまた可愛いんだよなあ。
 当てこすりの皮肉にも愛嬌があり、ワガママだけど寂しがりの泣き虫。人として色々嫌な奴のはずなのに、可愛げが凄い。案の定、ゆきも口喧嘩を繰り返しながら仲を深めていく。
 邪魔だし役立たずだしやる気があればあるほどそれが空回りして、さらに面倒になっていくというのに、それすらも何か許しちゃう。
 舞台劇の出し物が台無しにされた時にはおぃぃー!? って感じだっったんだけれど、結局なんだか丸め込まれて次へとページをめくるのでした。
 願わくばまたこの続きを読んでみたいという気持ちにさせられ、終わってしまうのがもったいない作品。カラー中表紙の千代紙とか、そういうデザインも可愛いですしね。
 一つ一つのエピソードは割合短く、どこででも読み止められるような仕様。最後のほうも明確に最終回としての締めに入っておらず、いつかまた続きが始まりそうだ。