伊藤悠『シュトヘル』1・2
このかたは 心をいつも開いている強さをお持ちなのだ。
何度でも 貴様はこのかたに許されるだろう…
シュトヘル1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
- 作者: 伊藤悠
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2009/03/30
- メディア: コミック
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シュトヘル 2 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
- 作者: 伊藤悠
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まず舞台は十三世紀のモンゴル。過去と現在が交差し、狼や幽霊がしゃべり出す幻想的な雰囲気も織り交ぜて物語は進む。
ちょうど大ハン(チンギス・ハーン)が勢力を伸ばし、猛威を奮っているこの時代、殺伐とした世界で「文字」を守ろうとする皇子・ユルールと、モンゴル軍への復讐に燃える女戦士・シュトヘル(悪霊)の話。
背景や「文字」というテーマ自体あまり見ないチョイスで、そうした設定と絵柄がまた似合っている。ダイナミックに魅せる戦闘シーンも美しい(ここらへんは皇国の時と同様)。剣牙虎もそうだったけど、動物の描き方もいい。
時代は今のよりずっと識字率が低く、「文字なんて何の役に立つの?」というのが一般の認識。そんな世界で、戦から離れて暮らす幼い皇子・ユルールは書物に親しんで暮らしていた。
強さのみが価値とされる世界で、立場ゆえ守られて暮らすユルールはそんな自分に負い目がある。だがだからこそ書物に親しみ、「文字」の素晴らしさを知る人間でもあった。
殺すとか壊すではなく、伝えるとか繋ぐという生き方。それが「綺麗事」と切り捨てられる非情な現実がこの時代だけれど、そうした時代がいつか終わることを現代の私たちは知っている。
ユルールのような人たちがいたから、世界は違う物差しに変わることが出来たのだと思うと、胸が熱くなる。
現代でも戦争はなくなっていないけれど、文字が広まった今があるのは、こうした過去を先人達が乗り越え、踏みしめてきたからなのだ。そうした歴史の圧倒的重みを静かに感じさせてくれる、丁寧な筆致が見事。
そうした文字を愛するユルールと対比するようなもう一人の主人公、シュトヘルは獣のように戦い、モンゴル兵を狩っていきます。ユルールの真っ直ぐで清らかな善性と強さは魅力的ですが、シュトヘルの超人的な強さも素晴らしい。
アルファルド(西方から流れてきた商人)が惹きつけられるのもむべなるかな。
ベクテル将軍の対決も見事でした。かくん、と何気ないような動作で凶器をよけ、リリン、と涼やかな音で飛んできた武器を軽々受け止める。ついでに笑顔も可愛い。初登場時なんてヌードですよ。
最初はただの小娘でしかなかったシュトヘル/ウィソ(すずめ)。大して強くもない、みんなの足手まといになることを心配している、一介の兵士。その彼女が凄惨な戦いを経、獣と噛み合って生まれ変わってしまう。
二巻の終盤で人間らしさを少し取り戻したシュトヘルを見ると、元は本当にただの女の子だったのに……と哀しくなります。その後でアルファルドはえらいことしてくれやがりましたが、あいつもあいつでいいキャラしてます。
強かな商人であるアルファルド、お人好しすぎるユルールの言動や考え方に「本格的におめでたい」とツッコミを入れてバランスを取ってくれる。その一方で、物差し(価値観)に振り回された背景もあったり、混乱した時代の虚しさと難しさも体現します。
ただ、二巻現在では、ちょっとだけ入ってくる現代パートが邪魔に感じられるのが難点ですね。奇妙な夢に悩まされる須藤君(♂)が、スズキさん(♀)に出会った時、自分はシュトヘルに、スズキさんはユルールになっていた! という。
前世とかそういうことのようにも見えますが、一度処刑されたらしいシュトヘルが中身完全に現代日本の少年になっているので、だんだんウザくなってきます。ユルールが須藤君に話すシュトヘルの姿と別物ですからね。
まあ後々何か意味が分かるようになるんでしょうから、先に期待したい所です。いやー面白い! あと、後書きオマケ漫画は相変わらずのノリでいいですね。