ジョン・コートニーグリムウッド『サムサーラ・ジャンクション』
いつもと同じだった。運命は六の目を出したのに、アクスルはサイコロを蹴飛ばした。
- 作者: ジョン・コートニーグリムウッド,Jon Courtenay Grimwood,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/06
- メディア: 文庫
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主人公が小便かけられたジャケット羽織ったりはするけどね。陰気で暴力的で不潔、でもエグさはそれほどでもない、という案配か。
物語はメキシコの都市から始まる。
ドジを踏んだ殺し屋アクスル・ボルハは死刑か法王の密使かという二択を迫られ、後者の任務を遂行するべくスペースコロニー・サムサーラへ潜入する。その任務は法王ヨハンナの関係者を誘拐するということで……。
とまあ粗筋だけだとスタンダードでピカレスクなんだけれど、実際の物語はもっとまだるっこしい。なんだかごちゃごちゃしていて、雑多で荒削りという印象があった。
解説では映画的と評していたけれど「何だかよく分からんが画面を見ていると、一応状況や動きは伝わってこんでもない」という処は、確かに映画的だったかも。文章は好き。
とりあえず主人公は暗い。暗いというか陰気というか、トラウマどっしり引きずっているし、下品で粗野と言ってもだいたい間違ってないはずだ。相棒の知性ある銃(コルト)のほうが主人公としては魅力的だろう。
のだが、このコルト君も序盤でアクスルと別れ、相方を追ってサムサーラを訪れる頃には色々と「人が変わって」影が薄くなってしまうし。まあ「リンポチェ」は色々万能すぎたから、出しづらかったのかもしれない。
コルトが色んな人間の手をどんどん渡っていくくだりは楽しかったんだけどなあ。なんか全体的に、サムサーラに入る前よりはメキシコのダイ・エフェあたりのが面白かった気がする。話のわりに長すぎたから、そういう印象になるのか。
そう、長いのだ。五百ページを超える長編ながら、ストーリー自体はもっとコンパクトに出来そうな感じ。映画で言うと上映時間が二時間半から三時間ぐらいありそうな。
まあスッキリさせてしまったらしまったで、小ネタ満載(「まるで安っぽいテツオだ」)のお遊びなんかも削られて、魅力が減ってしまうような気はするが(それを減じないようにするには、なんか骨格から大工事せねばならないんだろうなあ)。
小ネタ群というか、作中にギッシリ登場するギミックの数々は見てて楽しいです。作者は日本が好きなのか、やたら日本企業製品の名前が作中に出てきました。マツイの人工子宮とか、ヤマハの大型バイクとか。
クローンの魂を教会が保証し、車両や鏡や冷蔵庫までやたらとAIを搭載され、脳を配線された子供が自分の視覚と聴覚を放送する世界。フランスがプロイセンに負けたりしたパラレルの二十二世紀だけど、ダライ・ラマはやっぱり亡命している。
キャラの行動も話の展開も行き当たりばったりな印象があるけれど、深く考えず作品世界を楽しむだけの素地と牽引力はあると思った。ラストがやや尻切れトンボで、あのオチに対する主人公の反応とか見たかったから残念。
有機物が足りないので、難民を受け容れ、死体で土壌を作るサムサーラ内の景色は陰鬱で物寂しい。でも、サムサーラよりはダイ・エフェの物語は、また見たいなと思ってしまう。