カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』

「だれにとってもいちばん不幸ことがあるとしたら」と彼女はいった。「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」

 読むのにずいぶんとかかってしまった。「自分の中にあるパズル箱」「魂の五十三の入り口」などの語に彩られた書き出しは魅力的だったのだけど、一章から三章ぐらいまでが自分には中々退屈だった。
 もちろんここまでの内容――、
 大富豪ウイルスン・ナイルス・ラムファードと、彼に招かれて話した金持ちのマラカイ・コンスタントとの会話だとか、ラムファードの屋敷にあった水盤だとか、ラムファードの妻ビアトリスとラムファードのやり取りとか、どれも大事で印象的なものなのだけれど。
 やはり面白くなったのは、唐突に火星陸軍からのスカウトがコンスタントの元にやってくるあたりからだ。
 コンスタントは時間等曲率漏斗(クロノ・シンクラスティック・インファンディプラむ)に飛び込んだことであらゆる時間軸に存在し、未来を見通せるようになったラムファードから予言を受ける。その予言がどう実現するのかと思ったら――、
 いきなりコンスタントは記憶をこそげ取られ、頭のアンテナで無線操縦される火星陸軍の兵士になってしまうのだ。その辺の過程は後でラムファードがコンスタントあらため、アンク(おやじ)に他の誰かの話として語って聞かせる。
 その突拍子のなさに「なんだこりゃ」と思ったが、そのリズムがこの作品にはぴたりと来るから不思議だ。伏線ゼロで登場する火星陸軍といい、トラファマドール星といい、何だか夢の中の出来事に似ている。
 前振りなんてないけれど、出てくるとその世界にしっくり来る、そんな感じ。
 Wikipediaにはこの作品の粗筋について、ネタバレもばっちり込みで説明されている。だが、他の諸作品の粗筋がそうであるように、そんなものを読んでも本作の面白さはちっとも分かりゃしない。
 あれにはアンクとボアズが水星で別れるシーンや、金色の梯子を登るコンスタントが「パノラマの説教」にどれほど心和まされたか、ビアトリスが息子とともに地球を離れる場面や、サロの友情と自分自身についての苦悩、何よりストーニイとコンスタントの再会についての感動など、まったく語っちゃいない。
 実際に本書を読んだ者だけが勝ち得るこの特権は、そうやすやすと外部から奪われやしないのだ。本当に面白い物語とは、ネタバレなんぞにその価値を傷つけられようもない。
 本作品に登場する人物は、どれもユーモラスで滑稽で少し哀しい。どうしようもなくバカで間抜けでほとほと呆れてしまったりするのだけれど、それだけに切ないくらいの親しみさえ感じさせてくれる。
 現実の人間の、活き活きとしたデフォルメ、カリカチュアだ。
 ボアズは安らかに眠るだろう、ハーモニウムは彼をその死後も崇め続けるだろう、クロノはタイタンつぐみとなって、サロはまたその旅を続け、相変わらず天にいるだれかさんは、コンスタントが大のお気に入りだ。
 ただ、ラムファードとカザックがどうなったかは分からない。
 天にいるだれかさんは、この宇宙がお気に入りじゃないのかもしれない。ひと繋がりの偶然(アクシデント)に任せてうっちゃり、慈悲で運営しようなどと思ってもいないのだ。せめて彼の傍らに愛犬を置いてくれればよかったものを。
 すべてはたいそう悲しく、たいそう美しい。だが耽美的なそれではない。
 ヴォネガットはこれが初めて読んだ作品なのだけど、読み終えての訳者後書きは大変しっくりくるものだった。「まさにそのとおり!」と膝を打つ見事な解説だ。棚にはヴォネガットがあと二冊あるので、そちらもじっくり読んでいきたいと思います。