浦沢直樹『PLUTO 鉄腕アトム「地上最大のロボット」より』全8巻
もうやめよう。
世界は十分おまえの悲しみを理解した。
- 作者: 浦沢直樹,手塚治虫,長崎尚志
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2004/09/30
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- 作者: 浦沢直樹,手塚治虫,長崎尚志
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- 作者: 浦沢直樹,手塚治虫,長崎尚志
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確か、最初にその名前を記憶に留めたのは『MONSTER』が面白いと聞いた時だった。何でもその漫画には、アトムの天馬博士から名前をとった主要キャラ、ドクター・テンマがいるそうで、私は「ああ手塚治虫好きなんだなー」なんて漠然と考えた*1。
第九回手塚治虫文化賞ということで、さもありなん。
手塚治虫を下敷きにした作品といえば、最近読んだのだと『鉄の旋律』を元にした復讐劇『Daeimons(米原秀幸)*2』も面白かった。最後らへんは世界が壊滅したり、ボスが神を名乗ったり、ぐだった感が残念でしたが。
でもスワロウは世界崩壊後も輝いてましたね。
所で本書、完結に五年かかって単行本が出るのがめっちゃ遅かったらしい。
当時の読者が待ち焦がれ、作者も長年をかけて完成させた作品を、まとめ買いして一日で読んでしまった自分は何と残酷で贅沢な幸せ者であることか。こりゃ向こう五年は読み返さなくてはなるまいて!
そして本作品は繰り返し読まれるだけの価値と深みを備えた、滋養ある耐久性に恵まれている。
構成と画力は秀逸、伏線の張り方も巧みにして匠。未来都市の圧倒的ビジュアルから、田舎の牧歌的な風景や美しい自然などが綿密に描写され、漫画的デフォルメがほとんどない登場人物の造形とあいまって、非常に画面が映画的。
「憎しみからは何も生まれない」という陳腐極まる言葉が、読者の胸を抉るほど重みを持って放たれた時は、感動で人を殺せる物語だと思った。
物語の粗筋は、一見サスペンス調である。世界最高水準とされる七体のロボットと、それを開発した博士を狙った連続殺人事件。そして自らも標的であるロボット刑事ゲジヒトは、事件の全貌を突き止めるべく世界各地を飛び回る。
誰かに本作をオススメする時は、とりあえず一巻を読ませるだけでいい。ゲジヒトの登場、ノース二号、そしてラストのアトム登場。これだけオイシイ物が詰まっていりゃ、大抵の相手はそれで続きを読みたくなってくれるだろう。
もし一巻を読ませても続きが気にならないと言う奴がいたら、最初に進めた人は是非続きを読ませるべきである。本作を最初だけ読ませて終わり、は人道にもとる行為だ(笑)。
モンブラン、ノース二号、ブランド、ヘラクレス、エプシロン、ゲジヒト。
どれも魅力的なキャラクターたちだったが、物語の流れは残酷に彼らの運命を決していく。モンブランだけは登場時にはもう死んでいるし、ブランドは家族登場のあたりから死相がバリバリに出ていましたが。
分かってはいたけれど、それでも彼らに幸運を、今少しの猶予をと願う気持ちが止められない。
ことに一巻のノース二号は、絶対にそうならないと分かっているのに、「早く帰ってこい。絶対帰ってこい。いや、帰ってこなくちゃいけないんだよお前は!」と拳を握り締めてしまうラストだった。
物語というものが現実に抗うために語り続けられるものだとすれば、ノース二号は物語内の「現実」=死の運命に対し、それに抗おうとする力を読者に感じさせるエピソードだったと思う。
そして浦沢直樹は、ああいう切ない締め方が得意だそうで……ああ、ちくしょう!
読んでいて「作者にまんまと乗せられている」と感じながらも、心を揺り動かされずにはいられない、詰め込まれた技巧の憎たらしさときたら! この「憎悪」は読者が復讐を志すには充分なほどだろう。
復讐の第一歩は布教と、作者の他作品を読みあさることである(笑)。
通路に「人間用・ロボット用」があったり、くず鉄として処理されるロボットたちがいたり、偏見を露わにしたロボット嫌いがいたりはするが、本作品の世界ではロボットと人間が共存を果たしている。
法律で人権も認められているし、ロボットへの悪口が差別発言と戒められたりして、あげくにロボットと人間の養子縁組制度まで存在するのだ。この辺の背景は、手塚治虫のらしさを受け継いでいるんだろう。大変心地よい世界であるし、もうちょっとこの社会を見ていたかった気もするので、ここで終了は寂しさを感じる。
ただ、重要なのはこうした「人間とロボット」の関係がある程度確立しているため、ロボット・人造人間物お約束のアイデンティティの問題がすでにクリアされた物として扱われ、その先にテーマが進んでいるということだ。
──この作品の重要な主題は、明らかに感情(情動)である。
ロボットでも美麗や美味を感じるのかという疑問、それに対して真似をすればいずれ本物になれるという反論。ゲジヒトの「地球が終わってもお前を離さない」は真似だったかもしれないが、愛情はきっと本物だった。
彼らの涙が冷却用水なのかどうかなんてのは、心底どうでもいいのだ。
それを言ったら人間の涙だって、眼球の保湿用水ではないか。
知らなかったの?
ロボットは、怒らないと思ったの? ロボットは泣かないと思ったの?
ロボットは憎しみを持たないと思ったの?
最後の最後で、“あれ”が「何だ、これは……!!」と絶叫した時は、ああお前はどれだけそうしたかったことだろうと思った。あるいは心の中では、ずっと流れていた物なのだろう。ただ、それを理解していたのはあの時までは、ウランの感応力だけだった。
人間は彼女のようにはなれない。そして多くのロボットも。
けれど、この物語の後にあるのは戦いの虚しさや、憎しみ合うこと、憎しみ続けることの絶望だけではないのだ。