楠桂『ケダモノの唄』上下巻

 ケダモノは潜んじょる いつの時代にも どこの土地にも誰の中にも
 ケダモノに思い知らせてやろう!!

ケダモノの唄 上巻 (ヤングキングコミックス)

ケダモノの唄 上巻 (ヤングキングコミックス)

ケダモノの唄 下巻 (ヤングキングコミックス)

ケダモノの唄 下巻 (ヤングキングコミックス)

 これはひどい下手とかつまらないとかじゃなくて、まあ、うん、ひどい話でしたね。
 楠先生がアワーズで連載する際に「ホラー設定禁止」と下命された結果出来上がった、女子校が舞台のサイコサスペンス。つーかヤンデレ(ぉっと。最初は連続殺人とかそんな方向に行くのかと思ったら、もっとドロドロと少女たちが壊れていく話でした。
 櫻井乙葉は廃病院で暴行されるが、それは狂言ではないかと中傷されてしまう。彼女を助けた正義感の強い少女・日向唯は噂の真相を確かめるため、二人で廃病院へ向かうのだった。しかし、そこで何者かに刺殺されてしまう。その直後、唯と同じ顔の少女・草加悠が転入。彼女は妹の仇を討ちにきた、唯と双子の姉妹だったのである……というお話。
 上下巻同時発売ということで、さくっと読み切れる中編。
 そんな分量のわりに出てくるキャラは十人ほどと多めなのですが、どのキャラも特徴と役割を備え、自分の演技を果たしてはきちんと退場していく。このへんのキャラ捌きは関よしみを思いだしますなあ。
 冒頭、仲むつまじい日向唯と櫻井乙葉ですが、そのすぐ横ではイジメが行われている。その異様な図にああいう続きがあって……と、忍の「通り魔に狙われている」という主張に対する周囲の反応とか、伏線の使い方も凄く上手い。
 読んでいる時はなにげなく読み流してしまうけれど、読み返してみると確かにおかしい箇所があって、それが伏線だったという……「自然に不自然を入れている」んですよね。も、このへんの技はさすがベテラン! と感服しますわ。
 でまあ、乙葉が何やら怪しいってのは一話の時点で出ているんですよね。廃病院で襲われた云々に狂言じゃないかって噂がつきまとっていますが、それはともかく唯が刺されているのに笑っているようなコマが入りますし。
 ただ、その乙葉の正体が何なのかずっと分からない。で、どうであれ彼女が事件の真相や動機にどう関わってくるのかが分からない。から、先が読めるということもなくぐいぐい引っ張られてしまいます。
 メインの乙葉・悠の他に、唯をいじめていた七人の少女たちがいますが、彼女たちは乙葉や唯を襲ったはずの「通り魔」よりも、なぜか唯と同じ顔をした悠、というか日向唯の存在に怯えます。それは一体なぜなのか? 悠は謎の解明を求めて奔走しますが、その中で彼女たちはどんどんストレスを溜め込んで壊れていってしまう。
 そうして明かされた真相は、何ともえげつない。仕組みだけ抽出したらまだ普通、の範囲内なんですが、一部生理的にうぇっとなる。だってねえ、あれって体の中でも特に痛くて大事な場所でしょうがよ…それをあんなもので……。
 ただ、真相の部分は少々「粗さ」を感じるのが残念でした。「持ち回り制」とかそのへんまでは良かったんですが、「七回刺す」のくだりは、え、マジで? という感じ。
 結局選択の余地がなくて、んで始めたらもう後戻りできなくてってのも分かるんですが、ちょっと無理があるんじゃないの? という感はぬぐえず。このへん、少し前に読んだ押切蓮助『ミスミソウ』が上だったかなあ。
 あれも結構過激すぎて非現実的なまでのイジメとかがあったんですが、作中の空気とか迫力がそのへんを納得させてくれていた。この作品は、その点がまだ甘かった感じ。まあこの作品だってそれなりの水準に達しているんですが。
 落ちは「それでいいの?」とちょっと思ったけれど、普通に警察&入院エンドですかねえ。
 個人的には担任教師の扱いが不満でした。女子高生大嫌いで被害妄想気味で、そのうちトチ狂って生徒を襲うかと思ったけど、そんなことなかったていうかむしろ逆だったぜ! 
 にしても、しょっちゅう出てきて乙葉乙葉言っている唯の幽霊は、乙葉の妄想だったんですかね?
 何というか、七人の女子高生はそれなりに自業自得な部分もあったんですが、作中で唯一まともな人間だった日向唯と草加悠は色々と可哀想すぎでした(特に何の落ち度もなく殺された前者)。
 それはそうと悠の九州?方言はラブリー。