押切蓮介『ミスミソウ』三巻

 卒業したかった。

ミスミソウ 【三角草】 (3) (ぶんか社コミックス)

ミスミソウ 【三角草】 (3) (ぶんか社コミックス)

 完結編。
 最後が結局全滅エンドになったのは、予定調和的で「物足りない」「捻りが足りない」と思わなくもないですが、そこに至るまでの壮絶さでもうお腹いっぱい。それにしてもおじいちゃんが可哀想すぎる。あの歳で家族みんないなくなっちゃったんですよ
 しかし単行本化早いなあ。ぶんか社、力を入れるところ入れないところ分かりやすすぎ。
 読んでいて女子中学生強すぎ、刃物切れすぎ、百合ネタかよ! なんか目玉ってよく標的になるよ! と色々ツッコミを入れたりはしていましたが、まあ「こまけぇことはいいんだよ!」ということで。
 作者後書きがを読んで、タイトルの印象がちょっと変わりました。ミスミソウって主人公である春花のことだと思っていたんですが、もしかしたら登場人物の中学生たち全員のことなのかもしれないなあ、と。
 また「普通の人間を書く難しさ」という作者の言葉を見るにつくづく思ったのは、この作品は普通の人々の狂気、卑近に潜む悪意を描いてきたのではないかなあということ。

 アンタらも分かってんだろ!?
 自分の子供がやられるタイプではなく… やるタイプだってな…!!
 安心できるんだ 自分の子供がイジメられるより イジメる側ならそこまで心配しなくてもいいってな……

 いわゆる異常者と言えるのは相場君ぐらいのもので、流美も小黒さんも南先生も、ただの人だった。「優しくされたら生きていけない」と思ってしまうほど、怯えきった弱い弱い人間。
 読み終わってみれば、流美は登場当初からは意外なほど強い印象を残すキャラクターになっていました。
 vs小黒さんとの「気持ち悪い」連呼からの「ふざけんなあ」見開きの流れとか、盛り上げていく迫力のほどもさることながら、殺害後自室での独白シーンも……。
 やっていることも言っていることも倫理が欠けていて、とにかく人のせいにしまくって、暗い達成感に満たされて。それでも、必死で自己を確立させて生きようとあがいている。その原動力が理不尽な憎悪であれ、救いようがないほど人間らしい。
 その意味で、とことん自分勝手なだけのサイコ野郎相場より好きですね。
 殺し合いしかやることがないかのごとき閉塞感の田舎。
 図らずもそのバランスが崩壊するキッカケは春花だったかもしれませんが、それが彼女の責任かはまた別。そして根本の原因にあった閉塞感や鬱屈、パンパンにふくれあがっていたストレスは誰のせいとも言えない。
 ただひたすら「報い」だけがあり、「救い」のない話です。作中人物で許し合っても、神(作者)は許さなかった。
 誰も彼も、色んなエゴやルサンチマンをそれぞれ晒してブチ撒けて死んでいく。それぞれの人生であがきながら、自分自身とつかみ合いしながら、袋小路でぐるぐる回って周りとぶつかって血みどろになる。
 最後の最後、春花は相場ではなくしょーちゃんの手を取れば、違った結末があったかもしれない。けれど春が来た時、約束は果たされなかった。ありていに言えば残酷な物語でした。
 イジメよくないとかそんな次元でもう留まらない……イジメが起こる必然を作っている、人間のサガに抉りこんだような作品でした。
 作中のイジメの描写や、それが殺人にまで発展していく過激さは非現実的ではありますが、それが生々しい現実感を持って読者に「迫」ってくる、そんな「力」がある作品です。
 この物語がただの悪趣味・鬱で終わらないのは、作者の技巧の確かさ、巧みさもあってこそ。流美とか小黒さんと、あれ? これ最初のプロットと設定変わったかな? というぐらい後々の印象が違うのですが、そこに破綻はありません。
 小黒さんの「美容師の夢」がいまわの一言に繋がったり、相場君の「写真」の伏線、南先生の死に様と中学時代の思い出の繋がりなどなど。色の変わったクローバーも……。布石をまき、段階を踏んで、物語をここぞと盛り上げるその手際が凄まじい。
 そうした完成度の高さもあってか、厭な話だけれど、その厭さがたまらない「面白さ」を生んでいます。
 面白いとは不謹慎ですけれど、何と言ったらいいものか。春花はどうなってしまうのかとか、あの人が実はこんな本性がとか、話として読者を引っ張る力もありますし。その上で、この書き込まれた人間のドロドロした諸々についてわき起こる感情は……。
 嫌悪と言うよりも共感、そして悲哀や苛立ち。負の感情を喚起させられる、心の裏口をつつかれるような気分です。
 初めて買ったホラーMに、ちょうど第一話が載っており「なんか普通のホラーだなあ」と思っていたのですが、それがここまで化けるとは想像だにしませんでした。作者が「本気」で書いている、精神の血が注ぎ込まれたような傑作です。