A.E.ヴァン・ヴォクト『スラン』

「みんなが反対していますわ。この人たちはまえからあなたを憎んでたんです。あなたの頭がよすぎるから、そしてあなたにいつも頭を抑えられ、ばかにされたと思い込んでいたから」

スラン (ハヤカワ文庫 SF 234)

スラン (ハヤカワ文庫 SF 234)

 ミュータント新人類物の古典(なにせ七十年代の作品)。それまではヒーローとしてのミュータント・超能力者(スーパーマンとか)しか書かれなかった時代で、「迫害される新人類」という新しいテーマを開拓した。
 巻末解説では「連載時の人気投票で、常に一位への投票率百パーセント」という空恐ろしいエピソードが載っているのだが、一読すればさもありなん。冒頭から、母親と別れた主人公が、殺意の波動に突き動かされた群衆に追っかけ回される。
 なんでも、ヴォクトは本書の体裁で3〜4pごとに、最初と最後に状況を提示し、山場を一つ作るというやりかたをとっているらしい。実際、短い間に次々と緊迫感溢れる展開がやってきて、「次はどうなっちゃうんだろう?」と息もつかせない。
 思考を読んで出し抜いたと思ったら罠だった! 同族の仲間を見つけたと思ったら敵だった! 強欲ババアに捕まった! 警察にチクられた! 敵が自分たちの仲間ごと今乗っている宇宙船を撃ち落とそうとしている! などなどなど。
 ただ、一方で話に粗が感じられる部分もあるが、そのへんを勢いで強引にねじ伏せるのがヴォクト流らしい。
 個人的には、ジョミー・クロスの地文表記が最初「ジョミー」だったのが途中から「クロス」に変わり、あげく「ジョン・トマス・クロス」とフルネームかなんか知らない名前で呼ばれても普通に応じているのが気になった*1
 まあともかく、わずか1,2ページで読者のハートをわしづかみにすることには事欠かない作家である。ヒロインも辛い状況におかれてまさに囚われのお姫様って感じなのだが、それでいて不屈で芯の強い性格が大変好ましいキャラクターである。
 残念なのは、ヒロインと主人公の出会いが半分も過ぎてからという遅さだろうか。それまでにもヒロイン・キャスリーン視点のパートなどは出てくるのだが、出会ってから別れるのも高速で、作中二人が一緒にいた時間は恐ろしく短い。
 かなり古い作品なので、作品世界は戦後活躍した作家の絵でイメージされます。作中の年代は二十五から三十世紀ぐらい(おおざっぱw)と推定されるんですが、いまだに農村でトラクター動いていたりとかね。
 前述のように、次々と危機が襲いかかってくるスピーディな展開の作品ですが、勢いだけということはなく、キャスリーンの心情やスランの謎など、読者を引っ張り続ける要素もあります。
 純スランと無触毛スランの対立……スランは非情なミュータントなのか? 彼らはいかにして誕生したのか? などなど。そして、それらの謎は終盤短い間にまとめて明かされる。
 スランの身体構造などについて解説は出るのだけれど、エンターティメント性が強く、ハードSFという言葉から連想される小難しさはそんなにない作品(作中の原子銃とか十ポイント鋼とか、突っ込もうと思えば突っ込めるのかもしれないが)。
 娯楽性の強いSFを求める方には、古い作品だからと敬遠せず手を出していただきたいものです。
 あと余談。何となく、「スラン狩り」総責任者のジョン・ペティーヒムラー長官で脳内イメージされる件。

*1:ジョンとトマスでジョミーって愛称になったりしましたっけ?