関よしみ傑作集『飼育病棟』

飼育病棟―関よしみ傑作集 (ホラーMコミック文庫)

飼育病棟―関よしみ傑作集 (ホラーMコミック文庫)

 タイトルで検索するとエロDVDばかりヒットする件。
 表紙とタイトルで人体実験とか病院ホラーかと思えばちょっと違ったのが残念か。
 傑作集三冊でオススメするならこれですね。どの収録作品もレベルが高いです。私が最初に買ったのは魔少女転生ですが、今からするとあれが一番下だったかなと……でも損をしたって気はしません。

飼育病棟

「まいっちゃうなァ これ……間接キス…ってヤツかな」
 キモデブマザコンの男に少女が監禁される話。読んでて少し「こいつがイケメンだったらそれはそれでアリなのかな?」と思いましたが無理です。上記の引用以外にもえらい台詞がいっぱいあって、筋金入りのストーカー質でイヤすぎる。
 主人公は単なる親切心から同級生の男子を助け、助けた時の怪我がもとで四肢はマヒし声も出ない。
 そんな状態のまま、助けた男子の実家が経営する病院に入ることになります。しかしこの連中、彼女が口をきけないのをいいことに「勝手に事故で怪我をした」「たまたま私たちが近くにいてよかった」ってな扱いにして実に恩着せがましい。
『孤独な激痛』もそうでしたが、ヒロインに同情してくれた人や理解者がさくっとあっけなく殺される展開はポカーン。あれ直接のシーンがないから婦長が取り引きのために一芝居打ったとか考えたのに。
 さすが関よしみ、どうやったらヒロインが一番辛いか。それを年中考えているお方なだけあります。最近パワーダウンしている気がするけど(新作『ミツバチの遺言』とか、怖いけれどやはり昔に比べて迫力が足りなかった)。
 ま、そのぶんクライマックスがカタストロフしているんですが、受験生という設定が落ちでちゃんと機能していていい。あれはさすがに生きていたんじゃなく、似たような親子とまた関わらなくちゃいけないってことなんだと思います。

憎しみは終わらない

 わかってるわ 志帆ちゃんやその両親のことまで憎むのは…きっとまちがってる
 わかってるけどどうしたらいいの!?
 憎めば憎むほどそんな自分が悲しくなるのに……憎しみが止められないよォ!!
 死刑問題を扱った話。確かどっかのドラマで今、小学生ぐらいの息子を殺された被害者家族と、その子を息子が殺しちゃった加害者家族のやつがありましたが、こっちのが色々感情に訴える物があるなーと。
 主人公の手紙や食卓での会話がきゃぴきゃぴしていて、すげー女子高生。若いわー。
 表紙がキャットファイトなんで、もっとドロドロした話かと思ったら中身はヒューマンドラマでした。展開が急転直下でジェットコースターながらお兄ちゃんの台詞など伏線も張られていて、落ちもうまく読者の想像に任せるものになっている。
 迫力、構成、演出ともに良作です。
 エンディングの解釈は、「あれは夢だった」でいいんじゃないかなと。電車内で声をかけてくれた人の謎が残ったけれど、そこはそれ(笑)。刑法の変わったパラレルワールドっぽい東京は存在しなかったってことでひとつ。

最後の祝宴

 やめてよォ ママ あたしもう二度と…
 二度とお酒なんかぜったいに飲まないから──!!
 教訓:酒は飲んでも飲まれるな。って話。冒頭から主人公の女子高生が酒乱の父に殴られて「ぎゃっ!」なんて吹っ飛ぶので、もっと殺伐とした内容だと思っていたらそうでもなく。
 卒業式後の演劇部打ちあげ会。酒の席でハメを外し、出るわ出るわの本性暴露と醜態の饗宴。起こった出来事はかなり悲惨なんですが、エンディングのシメが二日酔い(そりゃあんだけ飲めば……)なのでコミカルに見える。
 酔っぱらっての醜態は予想の範囲内なのだけれど、それぞれのキャラクターがどんどん崩壊し、「絶対酒なんて飲むもんか!」と思っていた主人公までアレなことになってしまう過程を、しっかりとした描き込みと見せてくれる。
 面白い物って、先が読めても面白いのよねえ。しかしこの話で一番貧乏くじ引いたのは強盗か……あれの正体が実は主人公の父ってのを少し想像していたんですが、関係ないようで残念。

カメレオン女

「毎日…頭が変になるくらいあなたのことを妬んだけど…
 人間そんなに簡単に狂えるものじゃないわね」
 わりと典型的な題材、タイトルから想像できる通りの内容です。
 まあそこは関よしみなので、関ワールドならではの読み応えがあるんですが。達也さんがあまり活躍できなかったのは残念。手でも足でも体の一部さえ見れば……っつって、本当に見分けちゃうんだものな。

凍った涙

 でも……だれだかわらかんほうが いいかもしれん
 あの人かな この人かも……って考えつく人の顔をみんな思い出してみると
 みんないい人に思えて幸せな気持ちになるじゃないか
 傑作。
 お得意のパニック物ホラーであると同時に、絶望的な状況下でなおも優しさを貫くヒューマンドラマに仕上がっています。泣けるホラーというところでしょうか。関よしみは知らなくてもこの作品は読んで欲しいと思う逸品。
 太平洋上に発生したラ・ニーニャによって始まる異常寒波。地球全体が氷河期になったような状況で次々と道は閉ざされ、食料がなくなり、人々は生きるため食料を奪い合う。そんな中、生来のお人好しさでダメ人間扱いされる主人公の父親の姿が眩しい。
 妻や息子や娘の親友を守れなくて、とうとう人を殺しちゃって、そんな自分が怖くなったりして。でも本当に最後の最後まで良心と人間性を貫いて、残された娘を守ろうとした彼は、崇高とさえ言える生き様を見せてくれました。
 関よしみ作品は、作中で死んだり醜い本性をさらけ出したりするキャラクターを毎回それぞれ配置して、きちんとキャラ立てして、役目を全うさせていきます。微塵の破綻も感じさせないその手腕もさることながら、キャラの配置もやはりうまい。
 この作品はそうした人物描写の巧みさが実にかみ合っていました。ストーブを持ってきてくれたり医者を呼んだり、お礼の食べ物は一度断りながら、妻子のためパティを貰ってしまった和田先生とか。このシーンの後のパパの台詞もまた光っている。
 もっと広く読まれるべき作品だと思います。

愛の食卓

 味つけは酢のものあえか……ああ そうだ!! マリネにしましょうね きっとコリコリしておいしいわよ
 雪山で遭難した父と兄。一人生還した兄は人肉しか食べられない体になっていた……!
 正直この作品を凍った涙の後に置くのはどうかと思うぞ!(笑)
 ヒューマンドラマも減ったくれもないギャグホラー。関よしみの台詞回しは時折シュールな笑いをもたらしてくれるのだけれど、この作品はそういったギャグセンスが発揮されたタイプでしょう。これがほんとの目玉焼き、て。

マッド・クラス

 幽霊なんかより生きてる人間のがよっぽど怖いよ
 中学の三年生、新しい教室に新しい教師。しかしその教室にはいじめられた生徒が焼身自殺したいわくつき。
 やってきた担任教師も霊能者気取りの奇妙なやつで……。最初はうろんに思っていたクラスメートだが、度重なる除霊や聖水の効果で担任を信奉するようになっていく。
 ホラー漫画の定石を逆手に取った感のある話。
 テーマはイジメ問題+アルファというところか。ただ冒頭の夢や天井のコゲつき痕を考えると、それだけじゃ済まないものもあるようですが。個人的に緒川さんは家庭の問題と合わせて、もう少し補足が欲しかった。
 あと余談ですが、『愛の食卓』の優歩お兄ちゃんと、西田さんのにっこり顔が心なしかそっくりに見える。

笑わせろ!

「だいたい てめーらふだん なにがおもしろくて笑ってんだッ
 いつも マジに 心から笑ってんのか!?」
 愛の食卓同様、シュールなギャグ系統の作品。ですが、内容はこっちのほうがより好き。
 銀行強盗に失敗した二人組が立てこもり、主人公ら仲良し四人組その他を人質に取った。もう世の中なんてどーでもいい奴らは、「せっかく立てこもったので何か要求しよう」ということで、人質たちに「笑わせろ!」と芸を強要する。
 もちろんそんな状況で見事な芸が出来るわけもなく、みんな一発芸を披露してはバンバンやられていく。
 他に比べて絵やコマ割りが粗いような気がする作品ですが、そんな所もむしろ愛嬌。
 なんか英雄的行動とった人や、犯人にタンカ切った人とかゴミのように殺されていきますしね。個人的には「ズッコーン ズッコーン ドサッ」の流れがツボでした。早く殺してェーッ、とかも。
 そして落ちがこれまた意地悪でもう笑いが止まらない。実に皮肉でブラックジョークのきいた作品でした。