葉村哲『この広い世界に、ふたりぼっち』

「人を捨てたのならば捨てたものに等しい力を得なければならない」

この広い世界にふたりぼっち (MF文庫J)

この広い世界にふたりぼっち (MF文庫J)

 第四回MFJ新人賞「佳作」。
 北欧神話をベースにした異種婚姻譚……か。冒頭で中学生の少女と狼が結婚するが、元より己が属する世界に居場所を持たない二人。婚姻によって決定的に逸脱した二人は、双方の世界から攻撃を受けることとなる。敵にぐるりと囲まれながら、ふたりぼっちで生きる、そんなお話。
 異端の孤独と孤高、永遠の孤児。彷徨の中で出会った己が半身のごとき伴侶。
 聖戦のイベリア(ライラと悪魔)のようなのを期待していたんですが、あながち間違っておらず。
 ただ、印象としてはスニーカー文庫の『ラグナロク』が思い浮かびました。あれも北欧神話ネタですし、レナとフェンリルの関係とそっくり。狼が喋ったり、滅びかけの一族のため嫁をめとれとか、魂がうんたらみたいな。
 ただシロ(狼の『月喰い』)=フェンリルではなさそう。どっちかってえとマーナガルム(ハティ)ですな、月を追いかけるし。つまり塚木咲希(主人公)が月の御者(おそらくマーニ)なら、シロは白き憎悪なわけで。そいや、咲希は三つの心臓を持つことになりましたけど、フェンリルも心臓を食べて子を産みましたっけのう。スコルやソールも出るのかしら。
 一つになるという点では、食べられるのも結婚することも同じ。by蝶々。シロ=ハティ・咲希=マーニなら、結婚によって「狼が月に追いついて飲み込んだ」ことになります。すなわち、ラグナロクの開始。作中の舞台も冬ですし、これはおそらくラグナロクの先触れ、剣の冬・狼の冬でしょうな。うーん、ネタが分かると背景がえらい壮大なファンタジーだなや。
 まー既出っぽい考察は置いておいて。
 新人作家のデビュー作ですが、文章面は非常に私の好みにがっちしました。上品な言葉遣いの咲希による一人称で話は進むのですが、コレが中々、美しい文体。おいしくもしゃもしゃ読み進められます。
 咲希は特に修行とかすることもなく、女神様から与えられた神の武器でどーんと強くなってしまうあたりちょっとズルイ気もするのですが、元から精神が超然としているので、違和感があまりありません。まー過去を改ざんして作り替えたって言ってるしなあ。
 家ではいやらしい視線を送ってくる義父と、死んだ子供の影をひきずり精神を病んだ母親。
 学校では友人もなくイジメの標的。
 そんな生活を送りながら、咲希はすさまじく達観した姿勢で、強く振る舞います。自分が対象なのに、イジメっこを「彼らは彼らの仕事をしているだけ」と言い切るんですからね。そうした姿が気高く、哀しく、だからシロも惹かれたんだろうなと思う。彼女をもっとも理解した人間が、あくまで「敵」というのも、ああもう本当に、この娘はそういう生き方しかできない「人間」なのであるな、と思わせられる。なるほど、確かに彼女は生まれてくる場所も時代も間違えた。
 まあ若干義父と母の書き方がゆるい気がしましたが、こんなものかな? 咲希の一人称視点から変更がないので、物事があくまで彼女から見た側しかなく、「青虫」がどうしてああなってしまったか、などは分かりにくいものがあります。ああ、本当に他人が狂っていく様子を傍から見ているだけって、こんな感じなのかなと。
 ゆうかちゃんとコウくんとの交流は心温まる物がありました。なんか凄く破滅的な未来が待っていそうな予感がひしひしとしていて、びくついていたのですが、思ったより酷い結果にならなくて良かった。クラスメート(椎名さんとか)にはつっけんどんなブリザードですが、子供には優しいんですよね。
 あと、屋台のあんちゃん。あの紅茶飲んでみてー。スペシャルドリンクは願い下げだが。あと蝶々はまた登場して欲しいですな。つか続きそうなので登場すると思うのですが。魂を売ったんだから、彼女も神話的人物に取り入れられそう。
 それはさておき、シロと咲希の新婚生活は微笑ましくて好きです。
 後のほうになるとシロがふさぎ込んだりで、ちょっとそういうふれあいが減るのが残念ですが。人間(子供のぞく)には心を許さない咲希が、シロに対しては甘えたり拗ねたりからかったりして、嫁オーラたっぷり。学校にいる時、シロに会えなくて辛そうにしたりとか、そういうのを見ててニヤニヤしてしまいますな。シロの鈍感さがもどかしいけど。
 イラストのほうも可愛らしく、序盤で女子中学生が腕もがれたりとか、平気で凄惨なシーンも出ますが、空気感は大変好み。寂しく哀しく気高い、澄み切ったガラスのような冬の空気が香る、街と森、神話と現実、狼と人の物語。
 ラグナロクは、近い?