『パンズ・ラビリンス』

「一つだけお願いがあるの。生まれてくるとき、ママを苦しめないで」*1

パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

 スペイン内戦について調べているときに見つけたDVD。2007年作。
 内戦が終わったものの、恐怖政治とそれに抵抗するゲリラが戦いを続ける、暗黒時代に生を受けた少女の物語。
 主人公の少女・オフェリアは、童話が好きでちょっと夢見がちな女の子。母は優しく美しいが、仕立屋だった父を亡くし、独裁政治の権化のような恐ろしい大尉・ビダルと結婚してしまう。ビダルの息子を妊娠し、身重な母は無理をおして大尉の基地まではるばるやって来る所から物語は始まります。
 冒頭、子守歌のハミングから穏やかな始まりかと思いきや、画面にいきなり映るのは血まみれの子供。これが最後のほうにリンクするわけですが、それはさておき、オフェリアの読む本(に書かれていたと思われる)「地下に広がる幸せな魔法の王国」の物語がナレーションされます。
 たいがいの女の子ならびっくりして恐がりそうな、大きな羽虫を見ても「妖精さん」と呼ぶほどメルヘンチックなオフェリア。彼女は新しい父親であるビダル大尉を始め、殺伐とした現実に馴染むことができません。
 そんな時に、オフェリアは「妖精」(全然メルヘンで美しい姿ではなく、むしろ小悪魔のような外見)に導かれ、森の奥で迷宮の守護神・パンに出会います。この牧神パンがまた、恐ろしいが意見をしているのですが、彼は「あなたこそ魔法の王国の王女様」とオフェリアに呼びかけます。かつて王女は地上に憧れたが、外の光にあてられて、人間の世界で死んでしまったのだと。父王は彼女の帰りを待ちわびており、オフェリアこそその生まれ変わりだと言うのです。
 何の痛みも苦しみもない魔法の王国に帰るためには、オフェリアがかつての王女様のままなのか確かめる必要がある。パンは、満月の夜までに三つの試練を受けるよう言い渡しました。
 こうして彼女の受難が始まるわけですが、現実の世界は世界で、ゲリラ対軍隊の血なまぐさい戦いが繰り広げられます。
 直接残酷描写をしているわけではないのですが(最初の瞬間がちょっと出るくらい)、捕虜への拷問・治療のための足切断・切られた口を縫って閉じる、などなどの痛々しいシーンが盛りだくさん。子供を殺す怪物にオフェリアが追いかけられるシーンも中々ホラーなんですが、この映画全体としては、むしろそれがほのぼのとして思えるほど、「現実世界」は残酷に描かれています。まあ、その中でも悪役のビダル大尉は、ある意味一番ファンタジーな人ですけどね。カリカチュア・誇張された悪として。
 慈悲もなければ寛容さもない現実と、子供ながらそれを理解したかのように、ダークな幻想が交叉しながら物語は進みます。
 オフェリアが見た幻想の世界は現実だったのか、それとも彼女の妄想だったのか。ナレーションによっておとぎ話が語られている点は、少なくとも作中ではそれは「現実」として肯定されているように思えます。恐ろしい顔の牧神パンも、不気味な妖精たちも、金色の光に包まれた魔法の王国も。けれど、王女様を産んだ月の女王の顔を見ていると……あれは、この時代の残酷さを受け容れられなかった彼女が作った(逃げ込んだ)幻想だという想いがどうにもぬぐえません。
 最終的に、オフェリアは幸せの国にたどり着きますが、その幸せの背景には不幸が横たわっている気がして、素直にハッピーエンドとは言い難い。いや、オフェリア自身は間違いなく幸せだけれど、その形があまりに哀しいというか。このエンディングはわりと予想の範疇ではあるけれど、なんだか心が痛い。近年では特に衝撃だった作品です。
 残されたゲリラの人たちも、フランコ政権が長く続く現実の歴史からして、先行きは暗いです。オフェリアの弟も含めて……。
 オフェリアと、女中頭(?)メルセデスさんの交流とかは良かったんですけれどね。カルメン(オフェリアの母)は娘を愛する素敵な人ですが、あんな男を選んでしまったわけで(時代的にはむしろ勝ち組っぽい選択だったけれど)。出会ってすぐに打ち解けて、メルセデスさんには不思議の国の話をよくしゃべるんだよねえオフェリア。メルセデスさんの縄抜けは思わず応援したくなったし、続く「豚は捌いてやる」や「あなたの名前も教えないわ」などは格好良かったです(そういえば、二度ほど出た包丁使いのシーンってあれの伏線というか前振りだったんだなと思ったり)。
 冒頭で出てくる子守歌も、メルセデスさんが歌ったものなのですが……。彼女にも救えなかったわけで……でもオフェリアは幸せで。溜め息が出てくる。なんかね、主人公がこんなに幸せで、それが哀しくて堪らない。そういう悲劇と幻想の物語です。一方で、現実を逞しく生きていこうとする人たちもいるわけですが。鬱になりたくない時は観てはいけません。あと、メルヘンやファンタジーを期待して観ても駄目っす。
 心に残る映画でした。

*1:なんか台詞間違っているかもしれない