押切蓮介『ミスミソウ』1・2

 …そもそも… あの女がこの町に転校してきた時から 何かがおかしくなった…
 みんな普通に馴れ合って 普通に過ごして… 妙子も今ほど陰険じゃなかった
 あの女が俺たちのバランスを壊した

ミスミソウ 【三角草】 (1) (ぶんか社コミックス)

ミスミソウ 【三角草】 (1) (ぶんか社コミックス)

ミスミソウ 【三角草】 (2) (ぶんか社コミックス)

ミスミソウ 【三角草】 (2) (ぶんか社コミックス)

 ホラー漫画雑誌『ホラーM』で連載中のメンチサイド(精神的殺害)ホラー。『でろでろ』などのギャグサイド押切からは想像もつかない、陰惨な世界が繰り広げられる。ぶんか社コミックスなのでマイナーな作品で、店頭だとちょっと手に入れにくいかも。
 物語の粗筋は、ホラー漫画でもありがちな「苛烈なイジメを受け続けた少女が、血も凍るような復讐劇を始める」というもの。だが、この作品が他と一線を画すのは、その圧倒的な描写力、演出にある。
 その懇切丁寧な進行速度は、連載中は「スローペース過ぎる」と批判が出たものの、コミックで読むとまったく気にならない。一巻では東京から田舎に引っ越してきた主人公・野咲春花がいじめに耐えるが、それが加速して家族を焼き殺され、復讐を開始するところまでが描かれる。二巻から始まる復讐劇の数々は、それまでの溜に溜めたヒキがよく効いていていて、暗い法悦感があります。が、爽快と呼ぶにはいささかためらわれる。
 一巻、いじめに耐えるパートではおもに春花と、彼女を支える唯一のクラスメート・相場洸や彼女の家族が中心に描かれており、いじめっこであるクラスメートたちのほうは、あくまで春花の目から見た描写がほとんどです。まあ、何というか、よくあるいじめっこキャラだよねという感じ。ただその時点でも、担任教師でありながら「悪意を察すると吐く」南先生や、ボーガンで小動物を狩る危ない目付きの真宮君、不謹慎な武器マニアの池川君など、狂気を感じさせるキャラが随所に見られます。
 物語の舞台である田舎の中学校は既に廃校になることが決まっており、春花たち三年一組の生徒は、唯一のクラスであり最後の卒業生。昔から知った仲間だけで卒業したいのに、今更東京からきた余所者なんかと一緒に卒業したくない……というのが、おおむねのいじめの動機なのですが、それだけとはとても思えないほど、クラスメートたちの行為はエスカレートしていきます。
 それが第一話の最後で示されたように、野咲家の放火へ繋がるのですが、それらの「やり過ぎ感」は、嘘臭さよりもむしろ生々しさを感じさせる。現実にはここまでやらなくとも、当事者や経験者にとっての実感は「こう」、なのだと。放火殺人なのだから、もう警察が入っていい段階なのですが、そんな選択肢は登場人物たちにはない。子供の世界の閉塞感。大人にいじめを告げ口してはいけないという、ルール。
 卒業まで頑張れば。春まで頑張れば。全部終わって、美しい思い出だけになって、相場君と、妹のしょーちゃんと、ミスミソウの咲く林道に行くんだ。それが春花の希望、春への光。美しい希望がより絶望を深くするように、少女・春花の美しさ健気さ、優しい両親や可愛い妹の存在、相場君とのほのかな恋愛などの優しいものたちが、よりその後の展開を残酷に凄惨に引き立てていく。
 もうやめてくれよ。春花の心が死んじゃうよ。
 それでも物語は止まらない。家族を焼き殺された春花に追い打ちをかけるクラスメート。そして彼女は始動する。
 こうして二巻では、心を殺したかのごとく、一切の台詞を喋らず、表情を変えることもなくなった春花が淡々と標的を抹殺していく姿が綴られていきます。春花自身への描写が減った分、新たにいじめっこ達の心理にもスポットがあてられ、それがまたやるせなさを加速させる。
 家庭に問題を抱えている子、優しい親がいる子、盲目的に子供を信じる親がいる子。可哀想だけれど、同情には値しない。しかし、やり切れなくなってくる。特別不幸な子供たちが、別の子を不幸にするんじゃなくて、普通の子供たちの狂気が環境の中でより醸成され、爆発していった。若者を慰めるものなどどこにもない田舎町、発散しきれず溜まっていくストレス、ぎりぎりのバランスで閉じた輪を形成していたところへ、火を点けてしまった余所者の存在。「いじめはよくないよね」なんて分かったような言葉で括ることを許さない、苛烈で悲痛な心理。
 救いも逃げ道も、どこにも見えない。多分、春花は幸せになれないのでしょう、仕方ないとはいえこれだけのことをしてしまったのですから。でも、それでも更に追い詰められていくであろう姿に、やめてくれと叫びをあげたくなってくる。なぜこうなったのか。よりにもよって春花が、よりにもよってこの町にこなければ良かったのかもしれない。二巻の10p書き下ろし『第0話』にて、春花が転校する決意の理由が語られますが、それもまた家族のためだった。もう悪い悪くないの問題を通り越して、何もかも哀しい。
 最後はしょーちゃんと、おじいちゃんだけが残るのだろうか。相場も春花も、生き残れないのかもしれない。小黒さんはまあ流美に狙われるとして……。せめておじいちゃんと、しょーちゃんだけは、許して欲しい。この作品だと、それすらも救われなさそうで厭だけれど。
 読んでいて「気分が悪くなる」という「快楽」が味わえる、闇の汚泥、汚泥。透徹した雪景色の中、舞い散る血飛沫は、憎悪と狂気と悲痛が煮えたぎってどこまでも黒い。秀逸なコマ割りによって表現される、流れるように頭に入る映像の数々が、心を掴んで離しません。


 なんか二巻の商品紹介に、押切さんのイラストが載っているのが嬉しいなあ(アマゾン)。