沙村 広明『ブラッドハーレーの馬車』

 じゃあキミには決められるかね 絶望を与え自ら命を断たせるのと 希望を与え耐え難きを耐えさせるのとどちらが幸せか

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

 魔王14歳さんのレビューで存在を知り、居ても立ってもいられず購入した少女残酷漫画。実は残酷描写に期待を持っていたので、実際に読んだ時は「んー、それほど激しくないなあ……」などという不謹慎な感想を抱きましたゴメンナサイ。
 ブラッドハーレー聖公女歌劇団は少女たちの憧れ。全員がブラッドハーレー公爵の養女で構成され、毎年、各地の孤児院から美しい少女が選ばれては、ブラッドハーレーの馬車に乗せられて生まれ育った孤児院を出て行く。これからの生活にいっぱいの夢と希望を抱いて。
 しかし、それは甘い嘘であり、実際に歌劇団に入れる少女はごく僅か。では大半の養女はどこへ消えたのか?
 刑務所で男達の慰み者にされるのです、命尽きるまで……!
 と、粗筋を書き出してみると、なんだかエログロ漫画みたいですね。作者後書きでは「エロい漫画にしよう」としたらしいですけど(笑)。で、各地でさんざん突っ込まれていますが、粗筋というか設定の「ブラッドハーレー」は非常にリアリティのないもので、それがまたエログロ漫画を連想させます。エログロやるためだけの都合のいい、無茶な設定ってやつ。ですが、それはこの作品に限っては瑕疵にならない。なぜなら、それ以外は物凄い完成度だから。
 ただまあ、69人の男を相手にして生き延びたのは、ちょっと超人的過ぎやしないかと思いますが(笑)。
 毎回主人公の異なる短編連作の形式を取っている本作では、最初の1話はブラッドハーレーによる「パスカの祭り」の解説を、2話目はその祭りで「羊」として捧げられた少女がどうなるかを描写します。輪姦され、五本の指を全て折られ、足を折られ、全身を殴打され、乳首を千切られ、眼を抉られ……。多分歯も折れてるんじゃないですかね。
 が、以後はあまり直接描写は続きません。その後に続くのは、それら設定を踏まえた上で構築される人間ドラマ。生贄に捧げられた少女たちがどうなるか、それは言葉だけの説明でも足りるかもしれませんが、やはり直接描写する重みがあると思います。
 様々な話で、ある少女はその先にある幸福と希望を信じて、ある娘は真実を求めて、ブラッドハーレーの馬車に乗ります。読者は結末を知っているから、「乗っちゃ駄目だ」と無力に叫ぶ、その破壊力よ。
 これは救いのない物語だ。永遠にこない待ち人を思って雪の中に佇む少女、彼女の首に巻かれたマフラーは、首吊り自殺をした父親の対比を思わせ。取り押さえられた男が見た、天地逆転の光景の中に現れる、予想された結末はそれでも心に突き刺さる。最後のその一瞬、父親に抱かれた少女の笑顔はなんて綺麗だったんだ。
 ショッキングという感想が多くて、先入観を持って読みましたが、これは「若く美しい少女が残酷に陵辱される話」としてフィルターをかけて読まないほうがいい気がします。いやまあ、基本はそこなんですけれど、それに捕らわれすぎず、何回も読み返すべき作品じゃないか。
 これは「生贄」の物語なのでしょう。孤児の少女という弱者、公爵という社会的権威者(強者)が始めた残酷でそして「公的」な仕組み。そこに組み込まれ虐げられる存在に対して、その社会に属するものは全員が加害者(共犯者)となるわけです。極論すると。
 この作品に登場する少女たちは、確かに過酷な運命を背負わされました。しかし現実においても、歯車が少し狂うと、もっと凄惨な何かが弱者に降りかかる可能性はあるのです。そしてそうした仕組みには、いつだって大多数の「眼を逸らす人々」がいるのですよ。『ブラッドハーレー』は誰かや何かを糾弾するような論調はありませんが、そうしたことを考えさせてくれる漫画でした。