平坂読『ねくろま。』1

「……おのれソリス・アレクサンドロ……。くくく、この私を本気にさせたのは貴様が初めてだぞ。
 結婚しよう」

ねくろま。 (MF文庫J)

ねくろま。 (MF文庫J)

 注意! この感想はネタバレを含みます。
 新シリーズ一冊目、かな。こっちも3巻まで既に出てる。
 ヒロインが骸骨という異色さで音に聞こえた作品ながら、内容はこう「悪い中二の見本」のよーなファンタジーコメディ小説でした。結構辛らつな事言うので、ファンの方はスルーするが吉。
 読んだ印象は「媚びてるなあ……」。
 まず主人公ですが、こいつが完璧超人設定。努力して超優等生を演じている上、容姿端麗性格温厚、ナチュラルにフラグを立てるので超モテモテ。彼の周りにいる女の子も、お元気少女のメイ(アホ毛+ゾンビマニア)・内気自虐系のヒカリ・高飛車ツンデレお嬢のキャロル・腹黒幼女のシェンファ(いまどき無意味にオッドアイ)となり、そしてどいつもこいつも主人公に対する露骨な好意を隠そうとしません。そりゃもううざったいほど。即座に「結婚しよう」みたいな台詞が頻出するあたり、その辺はギャグと思うべきなのでしょうが……。でもシェンファは「私のパンツを使って自慰行為をさせよう」とゆー台詞に引きまくりました。このロリはダメだ。萌えねえよ腹黒じゃなくて下品なだけだよこれなら赤ずきん日日日ギロチンマシン中村奈々子」。糞が口癖)のほうがいいよ。
 シチュエーションも「それどこのエロゲ?」ってなものが目白押し。「御伽噺の魔女に憧れ、全裸マントで儀式に勤しんでいた所を見つかった美少女二人」、「服だけ溶かす酸を出す召喚獣」、「朝起きたら勝手に寝床に侵入してる全裸の幼女」などなどなど。どんだけ狙っているんだお前は!
 ただ、それとは別の理由で開始30pでダウンしそうになりました。なんか表紙を持つ手にそれぞれ力を込めて本を引き裂きたくなったのですが、今日までこいつに占めさせた本棚のスペースとお値段を考慮してぐっと我慢。本命の正ヒロイン・マシロ(骸骨)が出てきてから、ちったあ面白くなります。
 それまではどうなのかと言うと……。まず世界観がダメです、捻りもへったくれもなく、これなら十把一絡げのWEB小説にありそうなレベル。この世界にあるのが日本系のアメツチ王国と欧州系のヘルメル王国で、主人公が通う魔法学校は、ヘルメスの学園都カドゥケウスにあるトリスメギスト学院(この学校はトリス学院とたびたび略されるのですが、主人公の名前がソリスなので並ぶとややこしいです)。このネーミングだけでお腹一杯なのですが、キャラの名前にいたっては、苗字の部分に恥ずかしげも意味もなくパラケルスス、フラメル、カリオストロと有名どころの魔術師(錬金術師)の名前を持ってきているからめまいがする。いや、そこはカラーページの時点で分かっていた事だけど。
 それに、あちこち頻出する呪文のセンスもついていけない。スラッシュ入りの呪文詠唱で思い出すのは水瀬葉月『ぼくと魔女式アポカリプス』ですが、あっちのほうが遥かに語彙選択が巧いと思います。あちらは訳は分からないけれど字面を見るだけでわくわくしてしまう造語と単語がズラズラ並んで、それなりにイメージが通っているのですが、ねくろま。の呪文は単に聞こえの良い単語を集めて韻文にしているだけで、正直全部読むのが辛い。下手な歌詞を見るような感じでしょうか。「sacrifice《イケニエ》/沈黙《セイジャク》の世界《セカイ》/黙示《モクシ》の影《カゲ》」てな具合に延々続きますから。あと、呪文の名前もセンスを感じませんしね。「闇精霊《シェイド》のランクA『闇への供物《アビスゲート》」とかいつの時代のRPGだ。インヴィジブル・エアは半ば冗談で済ましたけれど、このセンスやだなあ。十二人の偉大な魔法使い《ゾディアック》とかさ、どの黒歴史ノートよ。
 正直、文章もあまりうまくありません。体言止めが多いのはまだよいとして、「ソリス平静を装う。しかしキャロル、訝しげに言う」といった脚本的な言い回しが目立ちます。これがどうもよくない。ただ、この小説の文章に関する最大の特徴は、クランチ文体が使用されている事でしょう。
 クランチ文体とは作家・冲方丁が始めた独特の文章表現で、=や/や+×などなどの算術記号を「奇号」と称して用い、それを「マンガのコマを区切る枠のように」読み流していくことで、通常の文体より疾走感を得られる(とする)物であります。冲方作品では、最近だとシュピーゲル・シリーズが顕著ですが、それ以前(マルドゥックシリーズあたりからか)にも使われていましたね。冲方の影響かどうか最初は訝しく思っていたのですが、読み進むにつれ「やっぱ意識してないか……?」という気になることしきり。
 冲方クランチは前述の通り「疾走感をあげる」ことを主眼において使われています。が、ねくろま。の場合、漫画的表現のそれに近い使い方をされている。冲方クランチになくて平坂クランチにある最たるものは、「フォント弄り」ですね。ねくろま。は贅沢にフォントを使っておりまして、呪文詠唱には必ず専用フォント、キャラの会話ではしょっちゅう太字強調が使われ、悲鳴などの表現にもフォントサイズ大が目白押し。時々フォントサイズ小も出して小声も表現。ああ、自分の文使わずこんだけ出来たら凄い楽だよね。
 フォント調整は神坂一の時代(スレイヤーズあたり)からありましたが、そこに/や=が入ってきていて、非常に「漫画的表現」を意識した文体作りになっています。こういうのを見ると、携帯小説ラノベがいっしょくたにされても文句が言えない気分になりますね、ええ。
 翻ってストーリーは可も無く不可もなく。俺の嫌いな物だらけで構成されながら、本筋はちゃんと纏まっているので救われました。当面の事物は解決しながら、ホーリー氏とか賢者の石とかの伏線を残して次回へ続けています。ただ、ラブコメをやるには稚拙なストーリーテリングだと感じますね。前述のように、女性から男性への好意はどれもこれもストレートでまったく包み隠さない。それが深みを無くしてて、キャラ造形が浅薄に見える。まあ属性キャラばかりですけどね、最初から。この作品で一番好きなキャラはロジャーとゲルニカ(ニカ)ですが、ニカも最後はロジャーに対する分かり安すぎる好意を口にしていて興ざめしました。もうちょっとチラリズムを心がけてくれたらなあ……。
 続編は正直読む気になれません。こんなモノにあと2冊か3冊もつきあってられっか。