三浦良『抗いし者たちの系譜 逆襲の魔王 』

「ねえ、わたしの事を魔王って呼んだわね?」
「はっ!」
「だったら……攻めてみようかな? 人間世界」
「は……ははっ!」
 魔物は平伏した。

抗いし者たちの系譜 逆襲の魔王 (富士見ファンタジア文庫)

抗いし者たちの系譜 逆襲の魔王 (富士見ファンタジア文庫)

 第17回ファンタジア長編小説大賞審査員賞受賞作。250pほどの作品で、サクっと読める。
 物語は逆襲の魔王vs謀略の皇帝──って書くとちょっと男臭さが漂うが、その皇帝は弱冠18歳の美少女で、二人の間には当人達以外には誰も知らない秘めたる想いなんかもあったりするんだから、表紙もジャケ買いしていいんじゃね? ってな具合になるのもさにあらん。
 物語の舞台は通り一遍の「剣と魔法のファンタジー世界」であり、ぞろぞろいる魔物についてもあまり詳しい説明が無く(ただ、「魔力が視える」って部分だけポイント)、勇者に負けた元魔王と、魔王を倒して人と魔の統一皇帝になった元少女勇者の再戦というシチュにすべてが用意されている。ところどころ、運命破壊者(フェイトブレイカー)とか捻りのない称号が出てきて頭ぶつけそうになりましたが、ほとんど出てこないので気にしないが吉。
 新人らしくぎこちなさやこ慣れなさがあるものの、前述したように書きたい物がはっきりしており、その書きたい物のために用意周到にもろもろを固めている感じが非常に好印象。序章であっというまに魔王がやられ「弱っ」と思わずびっくりしちゃうのだが、そこから弱さを受け入れ、策を弄することも辞さない元魔王・ラジャスがカッコいい。後のほうになるとちゃんとフォローも入って、魔王としての風格や威厳もしっかり見せ付けてくれる(恋愛補正も入って……まあサラならそれはないか?)。
 話の区切りごとに、陰謀を臭わせる状況の推移が発生し、読んでいて飽きさせず、読者の興味を引っ張る手腕も見事。登場するキャラも魅力的なものがそろっている。
 魔力を吸収する異能から『バケモノ』とそしられ、勇者に祭り上げられ、魔王を倒すや人間世界を征服しちゃった少女・サラ。そんな聡明なるサラ皇帝に仕えることを己が幸福とかみ締める智謀の宰相・スキピオハンニバルはいねーの?)。政のスキピオに対して武を担当し、人と魔という種族の違いを超えて互いを認め合うグレンデルとのコンビも心憎い(スキピオの頭の良さに彼が翻弄される姿とかほほえましいです)。難点はサラの精神安定剤、もとい萌え担当のナナだろうか。イラストは絵師さんのあとがきページにしか(しかも後姿のみ)出てないのだが、イラストほしかったやもしれん。で、結構口調とか作者無理して書いている感じが……あれだけちょっと苦手かな。
 それと、忠臣フェルグスが薄く感じられました。『忠臣』という点では、サラの幸せが自分の幸せ、なんて心酔しきっているスキピオが読み応えあるキャラに仕上がっていたのですが、フェルグスにはそれがない。彼は、「生命と共に引き継がれる魔王位(つまり新魔王の即位=前魔王の死)」により、ラジャスが失脚したとき、即座にその命を救おうと動きました。あの序章から、フェルグスとラジャスの熱い修行の日々が……と思ったらそんなシーンは無くサクサク話が進んじゃうんだよね。まあテンポ的には年数ごとぶっとんでてOKだったのですが、せめて修行時代のフェルグスの言葉を回想するとか、そんなシーンがほしかったかも。彼はラジャスの戦略的に重要な役目もまた担っていたのですが、やっぱり今ひとつ見せ場に乏しい。スキピオの審問や、最後の怒涛の展開でアタフタしてたのはかわいいんですけどね。
 ある程度こなれればかなり面白いものを書けると感じる作者。なんとも侮れない。剣での戦いも実際は智謀での戦いだったりと、私には真似できない知略戦が繰り広げられまくるのも読み応えがある。作者買いリストに決定でした。