蒼ノ下雷太郎『誰かがいたかもしれなかった場所』

誰かがいたかもしれなかった場所

誰かがいたかもしれなかった場所

 読んだぜ>雷々。
 えー、本作はオンライン文芸マガジン『回廊』参加者の一人である蒼ノ下雷太郎さんが自費出版で出された書籍でありんす。ハードカバーだとなぜか思い込んでいたらそうでもなかった。実際に手にとってみるとちっこい写真集か詩集みたい(偏見)。アヤマのころよか文章はよくなってるかな。あ、雷太郎さんの作品に関しては、回廊14号『鴉山鏡介の虚像限界』をだうぞ。
 以下感想。容赦なくいくぜ。あと、ネタバレしますから注意
 一言でいうと、セカイ系ってやつですな(古)。
 物語は、「自殺者そんなに多いなら国が支援してやったら、少しは自殺者減るかもね」とかいう建前で『自殺承認制度』が成立してしまった日本らしき世界で、生真面目な高校生が苦悩するというもの。で、この自殺承認制度でドカドカ人が死んだため、街から学校からどんどん人が消えます。消えすぎ。国が滅ぶ勢いやーん。
 だから途中までは、世にも奇妙な物語とか、星新一の短編に見られるような幻想小説や不条理小説のたぐいかと思ったんですわ。けれど、これは違う。基本的に高校生である主人公の主観で全てが語られていて、あちこちリアリティに欠けると感じた。だからセカイ系と評しています。
 社会が維持できなくなるくらいに人が死ぬのは、前述したように奇妙な世界的なのでまあいいかなと思います。問題は、「なんでこんなにたくさん人が死ぬのか」という点。そこが、主人公の感覚的散文的表現で説明されているだけで、現実問題として納得のいく説明がなされていません。余談だがあいかわらず雷太郎どんは「地獄」好きよね。
 で、自殺理由としては、失業したとか鬱病だとか失恋したとか事業に失敗したとかまあ色々用意出来るでしょう。分かりきった事を書くのを忌避したのかもしれません。ただ、作中では人が死にすぎて、家族とか友人とか近しい人が死んだから自分も自殺センターへ行く、というほどの状況が発生するまでの『過渡期』がすっ飛んでいる。都合よく省略された感じがして、これがよろしくない。
 まあ、末期になっている朝日昇町にはまだイジメを理由に自殺志願する人もいましたが(ラストのあいつね。人があちこち減りすぎている光景がさんざ出ていて、まだこういうのが出てくるってのも不思議でした。まあ遠くの町から来たのかもしれませんが、すぐ自殺しそうなタイプなのになー)。
 同様に、主人公の父親がさらっと自殺するのもアレでしたな。父親は実際に登場した時にはもう遺書しか残ってないんですが、それ以前に主人公が父親から受けた教育を通して彼が紹介がされている。読者に「主人公にはこれこれこういう父親がいて」と植えつけて、そこから父親自殺に繋げる構成自体はいい。だが、インパクトには欠ける。
 なぜって、父親と主人公のエピソードが、オチ(自殺)に対して少し物足りない(読者が感情移入か何か覚えるには足りないくらい)であり、かつ、父親が自殺した理由がかなり不明瞭だから。作中じゃ、「なんとなく死んだ」って印象しかないんですよね。最近悩んでいたみたいだとか、ぽつっと妙なこと漏らしていたとか、そーゆー前振りもないし。主人公が「どうして気づいてやれなかったんだ!」って己に憤るような展開があってもよかったんではないかと。

ただ必死に生きれば、それに応じた未来がやって来ると信じていた主人公に降りかかる現実。

 とは、作者雷太郎さん自身によるレビュー(紹介)ですが、え、そうだったのと。
 主人公がそういう性格なのは序盤で説明されていますが、それに対してどんどん崩壊していく世界に対して、必死に生きてんのにナニコレ的反応が足りなかったような気が。前振りが前しかないお!
 で、作中に出てくる自殺志願者が、皆一様に『笑顔』なのも違和感。奇妙な世界系として作品に統一がはかられていれば、それはそれでいいと思ったのですが、そうではなくセカイ系だと思うと、ただ違和感の一つになってしまいます。集団自殺の人とか、もっと陰鬱な顔するもんでしょ。「会話とか挨拶とか、もういいだろ」とゆ感じで。で、そんな凄い暗い集団を案内するセンター職員だけ、明るく張りのある声出してまるで場違いのよう、なんて風にしたら充分異様な光景でいいと思うのですがどうでしょう。
 人が簡単に死んでいく世界で、主人公は憤り、抗っていくのですが、本当に周りの人が簡単に死んでいるからどうしようもない。前述の父親にしろ、神奈川嬢にしろ、物足りなさを感じます。ヒロインの告白は物語的都合のよさを感じましたがそれはともかく(ぉ、告白の翌日には自殺センターへ──って、せめて一言主人公にメールでもしてくれたら良かったのに、とも思います。両親が自殺したとメールを受け取って、「俺も父親が……」と二人会って話して、彼女を家に泊めて。だが朝には母もいなくなって二人でバスを止めに。だが時既に遅し、神奈川と夜遅くまで話し込んでいたのでバスはとうの昔に出ていたのでした、責任を感じて泣き出すヒロイン……以下略。
 あとは、死んだクラスメートについてもうちょっと描写があってもいいかなと思いましたね(神奈川がなんぼか語ってくれましたが、それは彼女の交友範囲内であって、主人公の友人には大雑把な付き合いしか出てないので)。
 ストーリー的な点については以上かな。文章は、あいかわらず細々とした表現にらしさがあってよいです(欲は良く、空気が無駄に、など)。ただ、くりかえしがクドいと思う箇所が多々ありますね。狙ってやっている部分もあるのでしょうが、リフレインするより、表現を変えて繰り返した方が読み易いと思える部分のほうが多い。3の冒頭の「景気のいい名前」とか、数行の間に3回とかはちょっと。あと改行多いっすな(まあラノベと思えば気にならないかもしれません)。
 で。
 私が雷太郎さんのことを知らなくて、これを店頭で手に取ったとしましょう(辛口注意報)。


 買いませんなー。ぱらっと中身を見て、立ち読みで済まします。まあ短いから、そして文章があまり濃くないから(改行の多さとかラノベ的文章とか含めて)その場でばーっと流し読んでしまえば、だいたいストーリーは分かっちゃいますし。こんなに薄くて千円以上するし、でも読み終わっても長らく頭に残るほどかってなるとまあちょっとなさそうだしで、財布と読みたい心との国連決議で不許可です。でも4〜500円内とかの文庫本並価格なら手を出すかも。という感じですだ、はい。


 ちなみに「これうちの知人が自費出版で出したんよ」と言ったら、母に「あんたはそんな事せんといてや(金かかるし)」と言われました。はははは。出版社に「出してもらう」んじゃなくて、出版社が「出す」もの書きたいぜ。今日も魔王は順調に執筆中です。
 それではまあ、引き続き雷太郎さんも頑張ってくださいませ。かしこ。