考察・みなしごの物語としての武装錬金

 昔、まだ武装錬金が連載されていたころ、とあるファンサイトで「武装錬金は、否応なくひとりで生きることになった人々の物語ではないか」という指摘がありました。そこがどこだったかはチト思い出せませぬが、時はちょうど早坂編のころ。
 武装錬金最終回とか見ているうちにそのことを思い出し、ネタにしてみることに。
 思えば、武装錬金は「大人」のいない物語であります。もちろん年齢的大人は、蝶野製ホムンクルスや錬金戦団とかにもいっぱいいるわけですが、子供に対しての大人=肯定的家族像としての大人、がいない。その構造をしてエロゲ的という指摘もどっかにあったんじゃないかな。
 ただ単に「欠けている」だけならそんなに取り立てることもないのでしょうが、一方で、「否定的家族像としての大人」が武装錬金には多いので、この構造が目立ちます。つまり、蝶野家のあの冷たい環境だったり、ディープに過ぎる早坂家だったり。
 ライアーノートやなどの記述から、作者の和月先生自身にも家族との不仲が囁かれていますが、どうなんでしょうねえ。
■ケース1・武藤家
 主人公・カズキとその妹・まひろの両親は、作中では「二人揃って海外へ赴任」ということになっており、そのため二人は寄宿生をやっております。カズキが錬金の戦士として夜毎特訓したり、任務に出たり、生傷が耐えなかったりする状況が続く作中のシチュエーション的には、ごまかさなくてはいけない相手がいない格好の設定でしょう。
 ただ、物語終盤・カズキが月へ飛んだ後の一ヶ月、ブラボーはまひろにカズキの訃報を告げていますが(アニメではそのシーンの直接描写があって、泣き崩れるまひろが珍しかったですな)、海外にいる両親に対する連絡のほどは言及されていません。滅多に連絡のない両親なのかもしれませんし、まひろもすぐさま伝える気にはなれなかったのでしょうが、実の息子が死んだかもしれないのに、一ヶ月放置するのはちょっと問題かと。
 しかし、カズキとまひろは兄妹仲が非常によく、またカズキのキャラクター的にも両親と不仲というわけではないと思いたいです。あの兄妹によく似て、天然ボケの母とノリのいい父がいるんじゃないかなあ。
■ケース2・蝶野家
 作中の状況を見るに、物語開始以前から、パピヨンにとって「家庭」は崩壊しているものと考えてもいいでしょう。
 跡取りとして英才教育を受け、父の期待を一身に背負い、愛情とプレッシャーを受けながら、病気になった途端その全てから見放され、両親も不仲(離婚調停中)。あげく弟には恨み節をぶつけられる(まあ、次郎は次郎で可哀相な面もありますが)。

「なぁんだ。蝶野攻爵は今夜ではなく、とっくの昔に死んでいたのか」

 自分が「独り」であることを悟ったパピヨンは、その夜を境に人間の世界からキッパリと別れを告げます(22人食い)。パピヨンという例外を除いて、全てのホムンクルスが人食い衝動を持っていることを考えると、パピは潔すぎですね、なんだか。
 しかしパピヨンパピヨンで、(被造物としての刷り込みもあるとはいえ)忠誠を尽くしたホムンクルス鷲尾をさっぱり顧みていません。それも、彼を切り捨てた父と同じ理屈で、切り捨てているのです。よく似た顔から繰り返し同じような言葉を聞かされ続けたカズキは、なんとも重い気分になったでしょうね。うーん、血は争えない。
 なお、余談ですがパピヨンの母は彼の唯一の親族として存命している可能性があります。そもそも22人食いの犠牲者には含まれて居ませんし、離婚調停中ということで別居していたので難を逃れたのでしょう。わざわざ出向いて母を殺したかどうかも、作中じゃどこにも言及されていません(それ以前に、蝶野父のプロフィール以外で母の存在に触れている箇所はないのですが)。案外、戦団がこっそり監視をつけていたりするのでしょうかー。
■ケース3・早坂家
 武装錬金における否定的家族像代表選手。早坂姉弟は幼少時代は中々幸せにすごしていましたが、その幸せが崩れた後の下り坂具合が凄まじいですね。
 ある日お母さんが「くずれちゃった」家から出ようとしたら閉じ込められている一生懸命助けを呼ぶが、声が聞こえているのに誰も助けてくれない飢え死にしそうになりながら救出されたら、お母さんはお母さんじゃなかった本当の両親が出てきたけど、目の前で昼メロ的ドロドロを展開トドメにホムンクルスに拾われて、目が濁っていないと食われちゃう12年間。
 秋水いわく、子飼いの信奉者は多数居たが、生き残れたのは自分達を含めて少数とのこと。LXEの総力をあげた(なにせムーンフェイスまで動いた)銀成学園のカーニバルで、早坂兄妹・エンピツ震洋以外の信奉者がまったく動いていないということもなさそうなので、この三人とあと、良くてもう一人か二人ぐらいしか生き残れなかったのではないでしょうか。
 早坂兄妹の事情を見るに、ホムンクルスに拾われ、生きるすべも選択肢も他になかったという信奉者は結構いるのではないでしょうか。人食いの際に、気まぐれに拾ったやつとか。が、斗貴子さんの容赦ない反応から見ると、錬金戦団ではその事情を考慮することなく、信奉者もあっさり始末していそうです。
 錬金戦団は敵に対して容赦しません。新人の剛太も「敵は殺す」が常識として刷り込まれており、ナチュラルにそれに従っています(それに疑問を持ったのは、カズキというイレギュラーな錬金の戦士と出逢ったからですね)。組織として再殺部隊のようなものも存在していますし、あれほどカズキと親しくしていたブラボーも、本気でカズキを再殺しにきました。
 個人の意向に関わらず、所属する組織の対立ゆえ問答無用で殺し殺される関係。まあ、現実でもよくあることですが、ブラボーや火渡も、昔は人間の信奉者を殺したりということもあったかもしれません(そーいやエンピツの扱いって戦団ではどうなったんでしょう)*1
■ケース4・錬金戦団
 孤児というファクターが取り分け目立つのは、なんといっても戦団ですね。何しろ錬金の戦士の出自は、ホムンクルスによって家族を奪われた元一般人(であることが多いのですから)。剛太は物心つく前に両親を殺され、親の顔も覚えておらず(だからある意味ホムへの憎しみもない)。小説版では、千歳さんが幼い頃から施設育ちであることが明かされ。ブラボーも施設育ちであることから、やはり孤児らしいことが窺える。
 例外的なのは犬飼で、彼は祖父(戦士長)を喪っていますが、「代々戦士の家系」という発言があります。なんかこういう歴史の長い組織は伝統とか因習に縛られていそうだし、要職につくには家柄も重視されていそうですよね。照星さんとかも戦士の家系っぽいのですが(そのわりに戦団の活動凍結を決断するのは中々リベラルです。プロフでは伝統を重んじるってあったが。柔軟な思考だなや)。
■ケース5・津村斗貴子
 さて、斗貴子さんもそうした戦団に身を置くものの常として、やはりホムンクルスによって家族を奪われた孤児です。ただ、若干事情が異なるのは、家族に関する記憶すら失っているということ。故郷がどんなところで、どんな家庭で育ったのかという情報自体は聞いているかもしれませんが、彼女にあるのは心に刻み付けられた、ホムンクルスへのひたすらの憎悪です。
 しかし、アニメ版で斗貴子さんとカズキはこんな会話をかわします。

「過去は作れないけど、俺は斗貴子さんと未来を見てみたい」*2
「そうだな、私も、君と未来を見てみたい」

 いやー、もー、プロポーズですなこのストロベリーどもは。
 それはさておき、この会話は武装錬金に登場する、多数の孤児(独りで生きることを余儀なくされた人々)への答えでもありましょう。ヴィクターとの決戦の際、一心同体の誓いを交わした二人は、最後の手段である白核鉄の力が及ばないという危機に直面します。その時に斗貴子さんが言った言葉。

「君と私は一心同体。君が死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」

 それを聞いたカズキは、月へ飛びました。勝ち目のない戦い、全力でぶつかれば、二人のヴィクターのエネルギードレインで皆ただではすまない。斗貴子さんの言葉に決意を固め、カズキは彼女を死なせないために空へ昇りました(と、私はそう解釈しています)。
 だから、二人が宇宙で再会した時の言葉は、

「君と私は一心同体。もう二度と離れない。いや、君と一緒に生きていく」

 なのですよね。
 武装錬金は、背景世界も色々広がりを持っていて面白いですが、やはりとどのつまりは「武藤カズキ津村斗貴子の物語」であります。だから作中には、「依存しあう二人」というアンチテーゼとして早坂姉弟が登場し、「未来の、これからなるかもしれないカズキ」としてヴィクターと、それに対になるアレキサンドリアやヴィクトリアが出ます。
 家族というものは、「選べない家族(両親や兄弟)」のほかにもう一つ、「選べる家族(結婚相手や子ども)」というものがあります。恋に破れた剛太にも、ちょっぴり春の訪れが予感されますし。前者の意味での家族を失った人々が、それでも後者の意味での家族を得ていく希望の物語というのが、武装錬金の持つもう一つの側面ではないでしょうか。

*1:一方、アニメ版では、ヴィクター討伐隊として編入された犬飼が、一緒に討伐隊に入った秋水の「元信奉者」という出自を聞いて、「ふーん、使えるやつなのかねえ」と薄い反応を返しています。アニメのみのオリジナルシーンなので、原作での扱いはどうなのか分かりませんが、信奉者を戦団で再雇用しているケースもあるのかもしれません。

*2:セリフ間違ってたらすみません。