古靴物語

 手前、恥ずかしながら衣装には気を使わない性分でして。ぇ、物を大事にすると言やあ聞こえがいいが、同じ靴を三年? エッ五年? いやいやアンタ、五年はねェだろ五年は、そんだけ履き続けてりゃ、そいつあ大事にしてんじゃなくて、使い潰してんだヨゥ。まったく、不精もここまで来ると救いようがねえな。
 そんなわけで、手前の靴、そりゃもうみすぼらしい有様で。ぇ、ホラ、あっちこっちの皮は破けてチトこいつァ水が染みる。なーにまだ履けらあね、靴下なんざ炬燵につっこんでりゃすぐ乾くってーんで放っとく。ぇ、靴の底がめくれだした? なーにこんなの、そっと歩きゃあ分かりっこない。そんな調子でごまかしごまかし、まったく、性根の卑しいことでございます。
 しかし流石の手前も、靴の底が抜けてちゃ格好がつかないときたもんだ。だいいちこれじゃ、水の染み方がアンタ半端ない。最近は少し地面から持ち上げると、ぇ、もうぺらりと底が剥がれるときた。こいつァ参った、観念した、よし、新しい靴を買おう!
 しかし、靴ってえのは高こうございますね。三千から四千、いやいや五千から軽く飛ぶ。お札に羽根がついて、お空の向こうへぱーたぱた。貧乏人の手前には辛うございます。ああ、それに手前には養わなきゃなんねえややこ(猫)が二匹……。
 こういう時は、庶民の味方しまむらでございますね。ア、店の回し者じゃございやせんよ? 安いのは本当ですからね。ただ難儀しましたのは、手前、女のくせにでっけぇ偏平足でございます。二五センチから点、五センチはある。婦人物の靴にゃさっぱりサイズの合うやつが無ぇ。仕方なく紳士物の中から、イカした茶色の紐靴をひっぱり出しました。こいつと靴下二足で二千と百円、貧乏人にゃ涙が出らあ!
 こうなると早速乗り換えるのが人情でございます。渡る世間は鬼ばかり、来るもの拒まず去るもの追わず、捨てるものならなお追わず。「ご苦労」と一言餞別に呉れてやるなり、買い物袋に放り込み、新しい靴に足を通します。
 ふむふむ、こいつは生意気な! 足を曲げてそうっと裏で触りますと、新品特有の青臭い硬さがございます。前の古靴殿はそりゃあもう、手前の我が侭を清濁併せ呑み、受け入れてきた柔らかな靴でございました。しかるにこいつは、俺は靴だぞ! ピカピカのピチピチの若衆だ、大切に扱え! と血気盛んに息巻いている。なるほど、靴も買われてきた時は皆そうです。前の古靴殿もそうでしたが、やがて手前にその矜持も叩き折られていったんですのよ。おほほほ。
 しかしこいつ、一度履いて歩き出してみると、どうにも頼りない感触が返ってくる。はて、意外ともやしっ子だったのかしらん。なんだかスカスカと虚ろな軽さがあって、古靴殿とは別の柔らかさがございます。うーん果たして向こう五年手前に尽くせるのかしらねえ。
 え、そもそもそんなに履く前に、適度に買い換えろ? ははは、そりゃそーだ!
 お粗末。


(上記の事項は、ほぼノンフィクションでございます)