冲方丁『シュピーゲル・シリーズ』1
「真に戦火を呑むことが出来る者であれば、性別、年齢、人種を問わない。そのMPBの最大原則に、彼女は適合している」
オイレンシュピーゲル壱 Black&Red&White (1)(角川スニーカー文庫 200-1)
- 作者: 冲方丁,白亜右月
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/01/01
- メディア: 文庫
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スプライトシュピーゲル I Butterfly&Dragonfly&Honeybee (1) (富士見ファンタジア文庫 136-8)
- 作者: 冲方丁,はいむらきよたか
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 2007/01/01
- メディア: 文庫
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まあともかく、しょっちゅう沖方と書き間違えられたりするウブカタ新シリーズの第一弾。富士見と角川の別レーベルで同時刊行という異色の一品です。「媚」ではないが「媚芸」な、ほどよいウブカタ萌えキャラが見れるゾ。
──具体的に西暦何年とか何世紀という表記はないが*1、現実世界の延長が感じられる程度の未来にあるウィーン=“ロケットの街”ミリオポリス。テロリスト天国のこの街では、児童に労働を認める権利と、身体障害児童を無償で機械化する法令が制定されたことで、対テロリストとして活動する『特甲児童』という存在が生まれていた。
大枠は、未来のオーストリア首都・ミリオポリスを舞台にした、機械化されたサイボーグ少女達によるカウンターテロSFアクション。SFというか、ミリオポリスで描き出される暗い感じが漂う未来観はサイバーパンク的でもある。まあ、精神ごとネットにダイブ! って描写はないですが。
例えばスプライトで主に出てくる技術の一つに犠脳というものがあり、これは人間の脳を搭載した兵器群でして。スプライトの主人公達は格別脳に負荷のかかる機械化を施されていたりと、『脳』に関連した技術が作中でわりと重要っぽい(オイレンは違うかもしれんが)。
同世界・同時期・同地域の物語で、細かいところで互いに関連性があったりする(スプライト主人公のアゲハの過去が、オイレン1最後で語られていた特甲児童が生ける兵器として使われなかった背景だったり)。エゴン局長とか、一部の脇役が共通して顔を出していたり。
また、どっちのシリーズでもリヒャルト・トラクルとプリンチップ社が明確な敵(黒幕)として設定されているけれど、シリーズごとに扱いが少々違う。オイレンでは当面の敵となるテロリストと戦い、後で「やはりトラクルが……」となったりするけれど、スプライトでのトラクルはもっと前に出てくる。
そして両作の主人公として設定されているのは、どちらも三人の少女。
『オイレン』には鉄拳主義の小隊長・涼月(スズヅキ)。冷静沈着な情報マニアで、でも恋する乙女な狙撃手・陽炎(カゲロウ)。重度の天然ボケ電波娘の殺人ミキサー・夕霧(ユウギリ)。
『スプライト』にはお姉様でお嬢様な雰囲気漂う鳳(アゲハ)。“時計ワニ”にとり憑かれ、どうにも悪ガキ的な乙(ツバメ)。自己完結型電波少女の爆弾魔・雛(ヒビナ)。
末っ子にどっちも(タイプは多少違うけど)電波娘が配されているのは何の因果か。タイトルにもなっているオイレンシュピーゲルは夕霧のあだ名でもあり、作中で時折キーワード的に繰り返されるこの言葉が(そして夕霧が)今後どう活躍するのか気になるところ。
しかしこのシリーズ、同じ舞台設定の物語を、配役を入れ替えて二本書いているわけではない。
細かな表現や雰囲気には確実に差異があり、そこがやはり「違うシリーズ」なのだと感じさせられる。『オイレン』は基本的に露悪的で、序盤で少年少女が互いの裸を見るハメになったり、中年のおっさんが14歳の娘に対して「裸にひん剥いて轢き殺してやる」宣言をしたり、性的な部分での生々しさがわりと忌避されていない。対してスプライトはそこらへんも結構マイルドで、涼月がのっけからあんなところまで晒しちゃったのに、雛がパンツを脱ごうとして騒ぎになりながら、結局不発に終わったりする。
また、冬真君の認識がやや平和ボケぎみ(まあ普通に暮らしていたら、目の前で人が死んだり四肢がなくなったりを見たら驚くだろうけれど)だったり、『オイレン』で語られているミリオポリスの退廃的雰囲気が薄いあたりも、『スプライト』の特徴かもしれない。やはり、全体的にマイルドなのだ。
根底に流れるエグさや救いのなさ、暗い世界観自体は共通しているというか作風みたいなものだろうか。物語は三人娘それぞれを掘り下げて語る三つの話があり、そのどれにも少女達のロクでもない人生が浮き彫りになっている(オイレンは紹介話だけで1巻が終わってしまったが、スプライトはそれに第1話と纏めの前後編がついてくる)。どの過去も結構、半端ない内容だ(まあ誰が一番不幸かなどという比較には、非常に意味はないが)。
ちまたでは『オイレン』より『スプライト』が読みやすいという評判だが、当方もシュピーゲルシリーズに着手するなら、まずスプライトをオススメする。オイレンが読みにくいという事ではないのだが、三人娘全員が主人公という趣きのオイレンに対し、『スプライトシュピーゲル』は鳳が一応主人公格的扱いが見られ、また物語の開幕は彼女たちの(公式な)初陣からだ。ミリオポリスという舞台に対する説明の違いなんかもある。
ちなみに主人公の三人娘のほかに出てくる脇役は、オイレンではやや影が薄い気がするが、スプライトではそれなりに準レギュラーの位置をしめている。ショタをあてこんだような吹雪君にはいまいち食指が動かないが、エロ魔人水無月くらい元気のいい奴は好きだ。冬真は一般人目線代表という感じで、必要だけど印象は薄い……鳳に惚れそうになっているから、そこらへんで水無月とシノギを削る展開にでもならんだろうか。あと、ミハエル中隊長は妹の誤解が解けるといいっすね。
「愚かなことを……。いや……君たちがそこまで追いつめられていたことに気づかなかった私たちの方こそ、愚かと呼ぶべきか……」
*1:スプライトの後書きでは十年後。つまり2016〜17年か? もっと未来でもおかしくない気がするが。