しかくの『ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette』

 ファデットの愛をランドリーと分け合いたいのか
 ファデットとランドリーの愛を分け合いたいのか

ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette

ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette

 恋愛漫画だと思ったらミステリーだったでござるの巻。
 そりゃ帯に綾辻さんの名前があるわけだー。
 物語は二十世紀初頭、欧州のとある農村。主人公たちは村でも見目麗しい若者と評判の双子の兄弟、一方のヒロインは、やせっぽちで色黒なことからコオロギ、あるいは魔女と蔑称されるみっともない娘。
 フランスの作家ジョルジュ・サンド*1の著作『愛の妖精』を下敷きに、ミステリとして再構築したそうな。とはいえ、ミステリ部分はラストの落ちに使われる部分であって、それまでの恋愛・田園物としても質が高い。
 前世紀の欧州、特にその田舎というものがどんな世界だったのか。現代日本の我々からすれば時間も距離も隔てられた、けれど確かにあった別世界というものが、素晴らしい表現力で描写されている。
 そこで暮らす人々と日々の暮らし、自然の風景といったものが、きっちり作者の描き出す世界の中で息をしている。上質な小説でも読んでいるような、目にも鮮やかな感触の物語だった。
(一方で、WiiだのMACだのという単語が混じる小ネタも存在しているが)
 それと、ヒロインのファデットがとても魅力的。作中ではブス・不器量として扱われているが、画面上ではまっとうに可愛い。自分が美人であることを知悉し、気取ったマドレーヌは確かに綺麗なのだけれど、それだけだ。
 ファデットの愛らしさは眩しいほどであり、活き活きとした表情やその心根に羨望のため息さえ出る。素晴らしいキャラクターだ。
 村には日本から来た農学博士が滞在しており、彼の目から村の暮らしが解説される一幕もある。
 分かりやすくも、ほどほどに説明臭くなくていい。パンを切る自分用のナイフを部屋に忘れて「日本では持ち歩かないんだよ」と言われたり。朝から毎食、ワインが食事についたり。あと風呂に関する意識の違いとか。
 とまあ舞台自体はのどかだが、主要登場人物が織りなす人間模様のドラマは中々激しい物がある。
 村でも評判の美少年と、悪名高い娘の恋。えぐいほどドロドロするわけではないが、弟と離れることを寂しがる兄の嫉妬と、弟ランドリーと蟋蟀ファデットの道ならぬ恋が三角関係を描いていく。
 そして最後に不幸な事故が起きてしまうが、それは…………


 この物語、実は冒頭で列車で相席になった乗客が話し出す「恋愛小説」の体裁を取っている。乗客が話し終わったところで、それまで黙って聞いていた男が解決編を始めてくれるのだが、これが怒濤の伏線回収。
「静かすぎた乗客」の正体は作中明かされなかったけれど、これは作者のシリーズ作品『爺さんと僕の事件帖』の爺さん(の若りし日)、ではないかと思う。