川又千秋『火星甲殻団』
人間が機械を作り出したのは、人間にとって、それが必要だったからだ。我々は、しかし、たとえ、それが可能となっても、決して、人間を作り出そうとはしないだろう。なぜなら、その必要がないからだ──
魂とやらを眠らせておいてあげたのは、あなたに、そのことを気付かせないためだったのだ。それが、私の……我々の、人間に対する、ひとつの愛情だったのだ
- 作者: 川又千秋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1987/12
- メディア: 単行本
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後書きによると、このヴィートルのアイディア自体は模型から出発して、世界観が固まってから著者がストーリーを書き始めたという。この、昆虫と乗り物の融合といったあんばいの機械生命体は中々ヴィジュアル的に刺激されるものがありまして、「みんなで立体化しよう!」というVehitle Contestが開催されるなど、模型界隈では人気を博したようです。
しかし話のほうは……なんというか、もりあがらない。地味で淡々とした印象のもの。世界設定は素敵なので、設定資料集でもあればそっちを読んだほうがよっぽどワクワクときめきそうです。
ストーリーは、テラフォーミング計画が頓挫し、地球から見捨てられた不毛の大地・火星。人間はヴィートルと呼ばれる機械生命体と共生関係を築くことで築いており、主人公のロート・ブリッツと、その相棒ガラムもそんな一組のつがい。
ところがガラムは、落ちぶれた軍のならず者・甲殻団によって殺されてしまう。復讐を誓ったブリッツは、同じく相棒のヴィートルを失ったノルド・ヴェスト(北西…)と手を組んだ!
という復讐物で、敵は甲殻団というバトル・ヴィートルの大軍団でと。激しいアクションや熱くたぎる復讐心などなどを予感させるストーリーなのですが、全然そんなこたぁなくってガッカリ。
ノルドとドビルゴイのやり取りのあたりは面白かったんですがね。つーか最後、ドビルゴイって存在を忘れ去られていたような……。
エモーショナルに訴えかけるのが少ないってのもありますが、こう、わざと感傷性を排したと言うよりも、作者の演出にまったく乗れない感じを受けました。
作中で何度か主人公たちはピンチになるけれど、「どうしよう、困ったな」という感じはちゃんとしたものの、打開した時はやった! と思うより、えー? というご都合感がしたりすることが多かったです。
土中に生き埋めになって、いきなり甲殻団が引き返した時とか。貴重な水が尽きてしまうよー、とか。ボーラーがダメになったけれど、新しい装備が見つかってよりどりみどりとか。どうも読んでて流れに違和感がもりもりと。
特に酷いと思ったのが、ラストの決戦。敵である甲殻団・真の親玉というべき相手との戦闘がろくすっぽ描かれないまま終わります。一応、そいつに見捨てられた元敵の首領とか出てきて、因縁を感じさせたりもするのに。
主人公であるブリッツくんは蚊帳の外におかれ、相棒(搭乗員)のノルドだけ突っ込んで、戦闘音だけ聞こえて、ただいまー。ラスボス台詞も描写もなにも無いままあぼん。ズッコケました。
素材はいいのに……と心苦しい限りです。なぜかノルドがバロウズ(ターザンの作者でSF作家)の火星シリーズ知っていたり、その火星シリーズの内容が宗教や迷信としてはびこっているのは笑いましたが。
作者が銃に愛情があるのか、モーゼルが大切そうに描写されているのとかも良かったんですけれどねー。
なんというか、文章が受け付けないってのも、楽しめない理由の一つです。かなりの比重で。全体的に古めのラノベ風味といいますか、やたらもったいぶった言い回しとかクドいし。
特に──の多様なんて鼻について仕方ない。1ページの間に「だから──」「そして──」「その瞬間──」「しかし──」「そして──(二回目)」「そして──(三回目)」が出てきたり(しかも全部改行されている)。
そういえば改行も多い文章だなあ。で、──を抜きにしても、やたら接続詞が多用されて中身のない台詞とかが多いような。いやね、素人の俺が商業作家の文章を批判するとかアレですけれど、読者が感想述べるのは自由なんだしさ。
話が世界観の説明から入るのもちょっと面食らったりしました。ヴィートルの語源説明とか。まあ設定好きの俺にはとっとと好物が出されてありがたい限りですが、普通に話を読もうとした人からするとどうなんだろうなあ。
素材は良いけど調理法はもうちょっとならんかったな、というのが読了しての結論でした。