和月伸宏『エンバーミング ―THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN』1〜3巻
「旅の方の様ですが どちらから?」
「インゴルシュタット、あるいは この物語の深淵から」
エンバーミング―THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN― 1 (ジャンプコミックス)
- 作者: 和月伸宏
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2008/09/04
- メディア: コミック
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エンバーミング―THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN― 3 (ジャンプコミックス)
- 作者: 和月伸宏
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2009/08/04
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十九世紀末の欧州を舞台に、人造人間(フランケンシュタイン)を巡る物語が繰り広げられます。これまで「エンターティメントは明るくハッピーエンド」主義だった和月先生でしたが、このシリーズはその反動がごときダークファンタジー。
もちろん、基本は異能バトルであり、人外アクション。そこに時代背景とかを絡めつつあれやこれや。何分ベテラン作家なので、画力もストーリーも構成も安定しており、無駄がない隙がない。新人の作品だらけの赤丸ジャンプに載った読み切りとか、実に輝いてましたわ。ああ、やっぱり和月先生は凄いんだなって。
ただ……この作品、非常にスロースターターなのが難点。
第一話が07年11月2日。そんで主人公・ヒューリーの特性が明らかになったのが09年8月4日。
……休載も挟んだとはいえ二年て。るろ剣も武装錬金も一話で主人公は能力とか獲得したり披露したりしていたんですが。特性が明言されるまでにも、その片鱗が三巻で出たり、大暴れしたりはしていてくれたんですが。
話も一巻ヒューリー誕生編・二巻がエルムとアシュヒト編(途中でカップル助けたよ)・三巻で両者合流しての倫敦編となっていますが、このうち二巻の内容がいまいち蛇足気味なのも何かなーと。
ゲストキャラであろうフィリップとアザレアは好きなんですが、エンバーミング今後のストーリーにどう見ても絡みそうにない。時代背景を絡ませたエピソード(身分違いの恋)ではあるんだけれど、必要なのってエルムの能力(の詳細)とかアシュヒトの目的やらキャラなりなわけで。
二巻の内容がほぼまるごと外伝エピソードでいいような気さえする。まあ読み切りぶんだけじゃ、エルムのあの多彩な皮膚操作は出せなかったとは思うんですけれど。
ヒューリーもね、第一話からもうピーベリーと一緒に旅してて、人造人間を殺す人造人間! として悪さしている人造人間と創造主ブチ殺すとかしたら分かりやすかったんじゃないかと。
ベッタベタですが、読み切りもおおむねそういう話だったし、ヒューリー主人公の読み切りが書かれたらやっぱそんな感じになるんちゃうー? と。復讐譚といえば、ダイモンズは最初そんな感じだったし(主人公が主人公としての能力や特性を発揮し、次の回から過去に遡って、一話の状態に至るまでの過程を描く)。
まあ色々文句言いましたが、和月作品好きですし、エンバーミングもめっちゃ面白くて気に入っているのですよ。人に勧めるときは三冊同時に渡すのが基本だ!
まとめて読むとぐっと面白くなるあたり、和月先生ってやっぱり週刊連載のほうが向いているのかもしれんなあ。
以下、キャラごとにつらつらと。
ヒューリー・フラットライナー
造りたければ造れ! 造(う)まれたくば造(う)まれろ!! 人造人間は殺す! 全て殺す!!
人造人間は何者であろうと! 決して安らかに眠らせはしない!!
出てくるたびに若返る主人公(これはエルムも同様)。予告のピンナップとか25歳ですと言われても信じられる。復讐者ということでえらい怖い印象だったが、フタを開けてみれば気のイイ田舎兄ちゃん。
つくづくピンナップのあれと同一人物に見えないな……。あと三巻で享年が1歳増えているのはなぜ。
名字は心電図が水平線した人、の意だそうで。水平線するっつったら、サイバーなカウボーイ連想しますね。
「人造人間は殺す 全て殺す」とのたまう姿は、「ホムンクルスは殺す!」とおっしゃるどこぞの凶悪ヒロインを連想させますね。一巻終わりの彼はフランケンシュタインらしく、中々狂っていて良かったんですが。その後がわりと穏やかになっちゃったのは残念。
基本的に運がない。幼少時からして両親惨殺。ワイス卿の元で生活してたらあの顛末。そんで生まれて初めて見る鉄道に「スゲェ」と目を丸くしていたら、そこに憎むべきフランケンシュタイン(エルムだけど)が乗ってたり。ミスエンカウントの達人。
和月先生はマントとマフラーに悩んで折衷案を出したけれど、結局放電光マフラーを身に纏うことになる(今月のSQ)。まあ格好いいから良いんですが、あれどうしてもサンライトハートの飾り布に見える。
地味に怪力。フランケンシュタイン化でパワーアップしたのもあるんだろうけれど、ナイフ一本で「一トンアックス」を止めるのはどうなんだ。あと、人の家(ピーベリー宅)の柱折るのはやめましょう。
登場人物から「顔が怖い」と連呼される姿は、血界戦線の主人公を彷彿とさせる。アシュヒトにすら「なかなか怖い」と言われるって、どんだけ凶悪な面構えなんでしょう。そのうえ首の電極から放電したら、アンダーライトでますます怖い顔になりませんかね。
大暴れしている時の彼は大変格好良いです。もっともっと戦って欲しいんですが、三冊出ているわりにあまりシーンが……連載分に期待。
エルムを人造人間と知らぬまま仲良くなってしまいましたが、バレた時ピーベリーはフォローしてくれるんでしょうか。
そのうちリッパーごとアシュヒトに狙撃されそう。エーデルとエルムがかぶってしまったあたり、それが彼の殺意と狂気を押すのか、それとも抑えるのか……。
でも一巻からこっち、すっかり穏やかになってしまったので、エルム再人間化なんて聞いたら見逃してしまいそうだ。
レイス=アレン
復讐を果たしたとしてそれから ヒューリー
キミはこの未来(さき) 何をするつもりなんだい?
最初に名前聞いた時、「死霊かー。エナジードレインきついんだよね」とRPGに毒された感想を抱いていたら、本当に名前の由来がそうだった。でも本家より強くなさそうな気が……。
ていうか今のままだと、ガチでヒューリーと戦ったら死にますよね彼。まあハーピーくんの案内で伯爵さんの家に行って強くしてもらうんでしょう。夜会の統率とそれが同一人物なのか分からんけど。
現在、満身創痍で倫敦を目指し中。いつ再登場するんだろう。
ノックの伏線は大好きな演出の一つだ。
エーデル=ワイス
どう? こーやってギュッとすると 少しだけ恐い気持ち和らがない
恐い気持ちなくなるといいね
なんかあんまりな名前だったが、まあ良いヒロインでした。
主人公との間に恋愛感情がカケラもなく、家族としての親愛が濃厚なのが良い。
死に際の幻は傍から見るとすっごいアレだったんじゃねーかなーって描写でしたが、それがエルムの時にオーバーラップしたのはヒザを打ってしまった。
ピーベリー
困るんだよなあ ヒキコモリは
究極の8体は全て 私の造ったヒューリーと闘ってもらわないと
はぐれ女医やさぐれ派(作者談)。和月先生が武装錬金で身に付けた「媚び芸」を発揮したキャラの一人……なのだが、どんどん顔が男前になっていく凄い人。三巻ピンナップとか、油断するとイケメン男子に見える。
ヒューリーの創造主、つまり第二の母。そんでタイガーリリィ創造の母でもある。創造主と人造人間は親子の関係らしいので、ならばヒューリーとタイガーリリィは姉と弟に!?
まあピーベリーさんはヒューリーに彼女を倒させる気満々ですが。
「印付き」という身分のため、ポーラールートとかフランケンシュタインの関係者にはメチャクチャ蔑まれている。一体何やったんだあんた。でもアシュヒトだけは、そんなことはどうでもいいらしい。やっこさんのエルム再人間化→グレトナ=グリーンで結婚という目的を考えると、ネクロフィリア絡み?(でもピーベリーはエルムを眠らせてやれば云々と言っていたんだよなー)
タイガーリリィと因縁あるっぽいので、彼女との対戦時になんぼか謎が明かされて欲しい。ジャックが逃げた後、「メアリの娘が犠牲になるかも」って聞いた時の表情からすると、娘とか絡んでる?
あと疑問なんですが、ヒューリーって対人造人間用の第一号なんですかね。試作体とかなかったのかしら。失敗作とかあっても、この人の腕前(弾丸の通らない雑魚フランケンの体に注射針を刺せる)なら始末できそうですし。
それこそハーピーくんみたいな、「お手伝いフランケン」なんかも造ってたら良かったと思うんだ。あ、でも辺境の教会で、アシュヒトが「え? あのピーベリーさんが人造人間造ったの?」な反応してたから、製造より調整のほうが専門だったのかも?
ワイス卿
ヒューリーとレイスとエーデルの両親惨殺の犯人(実行犯ではないが)であり、ヒューリーとレイスの死因の元。でも、あまり悪い人のような気がしない。きっとメアリと結婚したのが間違いだったんだろう。
シェイド
ヒューリーはあの電極乳首を見た時、レイスの電極が腹部で良かったと安心したに違いないと思う。
エルム=L=レネゲイド
アシュヒトの 悪口ゆーな!!
創造(うま)れた時からずっと一緒にいてくれたんだから! たった一人ずっと一緒にいてくれたんだから!
出てくるたびにアホの子化とロリ化が進行して、すっかり末期症状の美少女フランケンシュタイン。
和月先生の媚び芸がふんだんに使われているキャラ。三巻冒頭の「倫敦到着の舞い」は、あざとすぎるw(元ネタは何かのCMらしいが) 基本的にお菓子好きで、スイーツとアシュヒトがいればそれで幸せ。でもって根は真っ直ぐ。誰から「悪いフランケンシュタイン」なんて概念教わったのかしら。でも皮剥をこんなに気軽にやる怖いキャラって他に見たことないのう。
ヒューリーと仲良くしている姿は、和むんだけれどgkbrモノの恐ろしさ。何この導火線とマッチの火。
そういえばガタイのいいヒューリーですから、手の大きさも標準以上のハズなんですけれど、エルムは平気で口に入れてましたね。菓子を取るためとはいえw 多分ホホとかみゅいーんと凄く伸びているんでしょうが、ヒューリーとかアザレアのようなリアクションはしてくれない(描写されてない)ので、ちょっと残念だったり。
アシュヒト=リヒター
楽しくなんてありません ただ 目的があるだけです
そのための手段は 一切選びません
かっこいい名前だと思っていたらダジャレだった。一見頭脳労働タイプですが、重そうな義足を使いこなし、バカでっかい銃を撃つと、結構腕力はある模様。細マッチョですか。
人造人間研究者の秘密結社・ポーラールートの名門・リヒター家の子息。恋人だったエルムが不慮の事故(ジョン=ドゥ起動)で死亡したため、父親に人造人間にしてもらった。今は再人間化(=死者蘇生)の方法を探して旅をしている。
でもエンバーミングは「死者の蘇りを否定する」物語なので、アシュヒトの目的は最初から叶わないこと確定。当人もそれは分かっているようだけれど、では彼はどんな手段をこの先取ってしまうのか。
ヒューリー・ピーベリー組みとの絡みも気になる所。敵に回ったら躊躇無く殺しにかかるに違いあるめえ。
ところで博物誌の「絨毯を掃除するエルム」のくだりは何気にヤバイような。アシュヒト絶対結果より過程に喜んでいるだろうw
フィリップ&アザレア
和月先生いわく、アシュヒトとエルムの対比。実際対比にはなっていると思う。アシュヒトからおっそろしい宣言(そのための手段)を引き出したりもしてくれたし。やさぐれているけれど乙女なアザレアは好きです。
フィリップは途中まで、内面描写がロクになくて、実は腹黒いんじゃないかと思ってました。
カタヴェリック=スパスム
面倒臭ェ。
面倒臭ェ。その一言に尽きるやつ。それより出自の所の「労働奴隷としての人造人間」とか「売り込まれることなく」のくだりが、さらっと書かれているけれど怖すぎる。
死体を使って人造人間! ってだけでもアレなのに、(いずれ起こりうることとはいえ)それが商品として扱われる市場ができているっぽいというのが。
こいつを見ていると、とりあえず奴隷にする気がなくて、しかも高性能に造ってもらえたヒューリーはまだ運がいいのかもしれない。野良にもならなかったし。オマケに利害も一致しているものね、今の所。
マイク=ロフト
エルムの餌付けをヒューリーに言われたからって、本当にやってしまうあたりいい人に違いない。
ところでメアリを閉じ込めていた場所ってどこなんでしょう。ディオゲネス・クラブの地下とかだったら厭。
アバーライン警部
登場時は威厳があったが、コメディリリーフと化しているおっちゃん。家庭は大丈夫だろうか。
タイガーリリィ=コフィン
私が身体を見せるのは 統率ただ一人
連載時(左)の顔と台詞が差し替えられた。
ピーベリーと因縁があるっぽい、「究極の八体」中の五体目。感覚系に特化されている女性キャラということで、サイボーグ003フランソワーズを思い出す。性格はわりと攻撃的ですが、これでもマイルドになったと作者談。元はどんなんだったんだw
よく働くし作劇的に便利だし地味な能力でがんばっている偉い人。エルムが皮膚操作だけでかなりの多機能・高性能だったので、この人が大暴れする時はどんな多彩な活躍を見せてくれるか楽しみです。
しかし生前はどんな子だったんだろう……。印付きと聞いても嘲らない穏やかな人なのか、彼女も印付きになって殺されて施術されたのか。
そもそもポーラールートって素材調達どうなってんでしょう。素材=リリィとして彼女の死因は? 目玉いっぱい出せるし、意外とミキシングビルドなのかもしれない。
アシュヒトたちの会話からすると、インゴルシュタットの死者とか普通に材料にしているっぽいのですが、それでどれだけ追いつくのやら。カタヴェリックの創造主みたいに、死刑囚の屍をもらってくるとか合法的なルートが確立されているんでしょうか。他の研究者ってフランケンシュタインに人を殺したり、パーツごとに取らせたりして素材調達していましたが。
ヴァイオレット
やさぐれエーデル、もとい真エーデル。泥ひばり全滅のくだりは実に黒い。
前の回で彼女のアイデンティティと帰るべき場所ってのをしっかり描写し、回想をたっぷりやり、でもあの惨劇。病気の女の子が、「手を差し伸べるヴァイオレット」に応えるように、手を伸ばしたまま死体になってたりとか。
その上母親はあんなん……が、がんがれ。
統率
あの建物のあちこちや、統一規格の電極、あとリリィの襟とかにある「死」のどっかで見たような紋章が気になる。まさか読み切りで登場した死体卿じゃないでしょうけれど、というかあっちが真似しててこっちが本家だったりしませんかね。
リリィに慕われているのも手伝って大物感が激しい。登場が待ち遠しいです。
……気がつくと随分たくさん書いてしまった。
あと、ライナーノートとかキャラファイルとか結構ネタバレ多いから、初読の時は注意! ですな。
四巻は来年かなー。