作/城平京・画/木村有里『ヴァンパイア十字界』1〜9巻

 では あなたに月の恩寵がありますように

 ザ・大人買い。うふふふふ。よく言われてますが「三巻からが勝負!」の作品。三巻までが全然面白くないってんじゃないですが、まあ第一話を乗り切れるかどうかでかなり違うかな?
 一話目はなんというか、評判を事前に聞いていて読んだら「だ、大丈夫かこれ」って具合だったりしました。
 話はそれなりに手堅い感じを受けるけれど、「振動刃(ヴァイブレイト・エッジ)!」とか叫び合う異能バトルを見ていて、「ああオレ歳取ったなあ」という倦怠感に襲われることしきり。あと何か絵もだいぶ書き慣れていない感じが……。
 が、そこから後は、一話ごとになにがしか動きがあって読者の興味を引っ張ってくれます。主人公・赤バラ王(ヴァンパイア)を殺す宿命を負わされたブラックスワン、それがなぜか王の味方に!? とか。
 最初の異能バトルは序盤のころだけですね(ラストのもう一つあったけど)。物語は短い間に、あれよあれよと駆け引きと策略満ちるサスペンスへと転がっていきます。レティ以外のダムピールとかどんどん出番が無くなっていく(笑)。
 表紙見ると異能バトルっぽいのに中身は……という。
 で、まあ三巻ですが。一歩間違えると作品が空中分解すんじゃないのってネタが出てきますね。GM御前(ふざけた仮面のじーさん)が、マンションの模型出した時からいやな予感がしてましたが。
 そんなこんなで、物語はどんでん返しにつぐどんでん返し、「一体何が真実なのか!?」という混沌とした状態へ叩き込まれます。内部はそんな具合なのに、一方で世界には(人類)滅亡の危機が迫っていてと、実に豪快。
 プロットの練り込みには感動を覚えました。あのペンダントとか、「月」とか。
 序盤の些細な言葉が見事に伏線として回収されて、作者がこんな物語を考えついて起きながら、それをそのまま出すのではなく、見事捻りを加えて出してきたということに脅威を感じます。
 何度も何度も話の前提をひっくり返しちゃうのに、それで今まで積み上げたものが瓦解して萎えるということはなく、更に盛り上がらせてくれる。続きが気になって気になって、一気に読めることを感謝しなくちゃいけない漫画。
 この作品は謎の提示と、それについて読者が考える猶予の与え方、そして解答の提示がそれぞれ巧いですね。原作者は『スパイラル〜推理の絆〜』の人だそうで、私は未読ですが何だか納得しました。
 そんなこんなで、全ての謎が明らかになった時に見えてくる、ストラウスの千年……。優しすぎるゆえに、過酷な道を歩むことをよしとした男の話。
 どんな新事実が明かされようとも、常にストラウスを信じ続けたレティが「こんなのってないよ! あんまりだよおっ」と叫ぶシーンは悲痛。ああ、ストレートにこれを言うために、彼女は子供の姿をしたキャラだったんだろうなあ。
 それにしても、フィオが「キャラクター」として一切の描写無く、ただ「現象(装置)」として終わってしまったのは残念でした。後書きでも少し、作者が言っていましたけれど……。
 まあー、確かにあっちまでスポット当てたら収集付かなくなるんだろうなあとは思いますが。でも、飛来してきた者同士での繋がりとか、死に際の断末魔とかで、ちらっと何かあるかなーと期待していたので無念。
 ヴァンパイアに対する新解釈も、中々突飛で面白かったです。
 成田良悟の『う゛ぁんぷ!』をちょっと思い出したかな(一巻しか読んでませんが)。あと、吸血鬼のバリエーションではもはやお約束の「吸血」や「ディ・ウォーカー」が、物語的にこれだけ重大な意味を持って登場したのも素晴らしい。
 あと個人的に、食事のシーンが多いのも好みです。
 レティシアが着いていった回転寿司屋美味しそう。あと、風伯が戦闘時のみならず、平時も鎧具足のままで料理するのになんで誰も突っ込まないんでしょう。せめて調理の時は籠手ぐらい外して欲しい物です(ただでさ顔隠れているのに…)。
 しかしなんとも、「美しい」物語でした。一体誰が、あの始まりからこの終わりと展開を予想できるものでしょう。惜しむらくは、タイトル「十字界」が、書き下ろしオマケ漫画の中にしか登場しなかった点ですかね。
 いやはや、思い切ってまとめ買いして良かったです。傑作に出会えました。