ダニエル・キイス『ビリー・ミリガンと23の棺』

「さあ、ミリガン、きみはここで腐ってゆくのだ。きみは神に祈って自分の死を願うだろう。
 そうとも、ミリガン、ストライク・スリーだ。きみはアウトになった」

ビリー・ミリガンと23の棺〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

ビリー・ミリガンと23の棺〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

ビリー・ミリガンと23の棺〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

ビリー・ミリガンと23の棺〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

 続ビリー・ミリガン。
 冒頭50pほどは『24人のビリー・ミリガン』を振り返っての解説なので読み飛ばしてOK。解説を折原みとが書いていてびっくりしたんですが、言っていることが見事正鵠を射ていていいですね。「凡人の嫉妬」って、凄い的確。
 今回は上巻は相変わらず面白かったんですが、下巻でちょっとダレた気分。というのも、同じことの繰り返しが多いんですね。読み物として再構成するにもさすがに無理があったんでしょうなあ。
 ビリーは逮捕されてから十年以上も、あちこちの精神病院に収容され、メディアに書きたてられ、有名になりすぎたばかりに政治でもてあそばれるまでになります。おかげで病状は一進一退、快復に合わせて制限を減らすと「あんな危険人物を野放しにするなんてとんでもない!」と猛攻撃が始まってしまう。精神病院に収容されていた、他の殺人犯や凶悪犯を棚にあげて!
 前作でビリーを助けてくれた判事や医者が圧力に屈したり、亡くなったり、ビリーの人格たちまで消えていくのは何とも心苦しい展開でした。最初に弁護人になったゲイリーにいたっては、死の床でもビリーを案じていましたし。クーラがその意を汲んで、法廷で彼の名前を出してくれたのは良かったなあ。
 人格たちの出番もかなり偏っていましたね。特に上巻ではアレンとトミーが出ずっぱりで。後は好ましくない者たちから脱却したケヴィンとか。前作ではアーサーとレイゲンが出番多かった気がするんですが、二人とも何か話していることが二人称で描写されるシーンばかりで寂しかったものです。つか、アーサーにいたってはほとんど台詞もなかったような。〜と発表した、とかの記述はあるんですけれど。
 そのトミーは、治療ではなく不当な罰としての電気ショックを受け、得意技を消失してしまったり痛々しかったです。あの縄抜け名人が靴紐の結び方を忘れるなんて!
 ただ、電気ショックの影響でエロクトロニクスの特技を失ったってあるんですが、ブラック・マンデー計画の時、電気設備いじっているシーンがあったような?
 さておき、今回のビリーは前作とひと味違う「強さ」を身に付けています。弁護人たちが必死で送らせまいとしたこの世の地獄・州立精神病院ライマ。とうとう地獄の穴蔵へ放り込まれたビリーに襲いかかる悪意と暴力。
 到着早々ショッキングな事件を目撃し、ろくでもない待遇を受け、それでも友達が出来たり密造酒を造ったり(コーヒーとガソリンを混ぜたような味って……そこまでして飲みたいもんか)。やがてせっかくの仲間もボロボロにされ、ビリーも院内最低の場所である隔離室へ……(ああ、リチャード!)。
 そんなどん底へ落とされたビリーですが、取り引きの材料を集め、少しずつ拘束の緩やかな病棟へ移れるよう画策します。そして絵を描いたり、作業療法の木工室で工芸品を作ったりして、楽しみを見つけていく。
 人を集め、計画を練り、力をつけと精一杯生きている姿は何だか感動する覚えました。野球チームまであるんだ……。でも、木材がないからってドアやら椅子やらピアノやら盗みまくるのは笑いました。君らやりすぎだw
 暴動後のわびしい空気と、一人の孤独な老人の死……前作でもちょっとだけ出たスチュアートが次のページではもう死んでいるのに、彼を失ったビリーの悲しみに移入したりしたんですが。今回も短い登場で、読者に強い印象を残して去っていく、そんなキイスの手腕は健在。
 下巻ではようやくライマを逃れたビリーが、相変わらずの環境から逃亡をはかったり、失踪事件と関わったばかりに殺人の容疑者になったりとこれまた波瀾万丈。フランク・ボーデンって結局何者だったんだろう……。
 それにしても、長い長い戦いでした。実刑判決くらって刑務所に入るよりも長い期間、最重要施設の精神病院=つまり刑務所と同等かそれより悪いであろう環境でずっと拘束されていたのです。
 けれどビリーのそんな境遇を無視して、なおも十三年の懲役を受けさせようとしている勢力……シューメイカーはどうにも理解できませんでした。つか、あの落書きは誰がやったのか知らんが幼稚すぎ。
 最後、農場でのシーンは静かな幕引きで好きですが、ビリーの言葉は話としてまとめようとしている感があって微妙。まあドキュメンタリーとかでインタビュー受けているビリーの言葉、なんて想像するといかにもそれっぽいですが。
 ぬえやは前作を読むまで、なぜか「ビリー・ミリガンは凄惨な虐待の末に誕生した、強烈極悪な連続殺人鬼で精神異常者」っつーイメージを持っていました。多分小学生以来の偏見でしょうね。
 読んで見たら全然そんなことなくて恥ずかしい限り。今ではビリーも、二十四人のビリーも好きです(変なのも一部いますが)。役目を終えた彼らは、タイトル通り棺にて眠りについてしまいました。
 そのことに寂しさと切なさを覚えますが、仕方がない。ああ、仕方がない。
 レスト・イン・ピース、どうぞ安らかに。