萌えるサディスト

 綺麗なお姉さんや、可愛い女の子に罵られたい……。
 そんな願望を抱く男性は少なからずおるようで、変態性欲と名高いサディズムマゾヒズムも近年はずいぶん認知を得た向きがあります。まあ今更だけど。
 そんなわけで、キャラクター類型にも、サディスト属性が歓迎される昨今。俺も「萌えるサディスト」について考えてみようと思いました。考察対象は三種。あと、エロス注意。


■鴉木メイゼル(スニーカー文庫円環少女」)
「あたしは、きれいで強いものが屈服する最高の"味"をあじわいたいの。お手軽に手に入るものに舌を慣らすなんて、ぞっとするわ!」
戦場ヶ原ひたぎ講談社BOX文庫「化物語」)
「うるさいわねえ。いい加減にしないとあなたのニックネームを生理痛にするわよ」
「投身モンのイジメだ!」
「何よ。文字通り生理現象なのだから、恥ずかしいことではないわ」
「悪意がある場合は別だろう!」

■石動美緒(MFJ文庫「えむえむっ!」)
「ブタ野郎ってのは、太ってる人間をバカにする言葉じゃないわ。それは家畜以下のどうしようもないゴミ存在に与えられる称号よ。つまりブタ野郎という言葉はあんたみたいな究極変態を表す観念にも似た最上の罵詈雑言であるということなのよ。わかったか、このブタ野郎」


 順に見ていきましょう。
■1.鴉木メイゼル
 まず、彼女のサド属性は「エロ可愛い」です。メイゼルは基本的に嗜虐趣味で、強い人や大きな人の、泣き顔や悔しい顔が大好き。よってその嗜虐性はかなり相手を選ばず、クラスメイトもしょっちゅう餌食になっています。そして彼女の牙をもっとも向けられているのは、メイゼルに愛を捧げられる武原仁(主人公)その人。この二人の関係がエロ可愛さの第一ポイントです。
 まずメイゼルは小学生であり、肉体的にも社会的にも弱い立場にあります。一方、仁は大人で、学校の教師で、肉体的にも社会的にもメイゼルより上になるのですが、Sはメイゼル、M(いや仁はマゾではありませんが、責められる側という意味で)は仁となっております。本来は弱いはずの側が、相手を責めるというのはそれはそれで可愛いやら微笑ましいやら。仁が責める側だったりしたら、間違いなく犯罪の変態ですよおまわりさん。
 この関係性は性別を逆転しても通じますね。大人のおねーさんを言葉責めするショタっこ。ハァハァ。
 あと、メイゼルは暴力には訴えません。戦闘はするけれど、基本は言葉責めです。短編では緊縛プレイの誘惑に走りそうでしたが寸止めでした。まあ小学生ですから、性の知識も少ないでしょうし。それを差し引いても、彼女は精神性を重んじるサドかと。好きな相手を屈服させるとか言いますしね。言う事にいちいち、女心を感じさせるのも、可愛さのポイントです。
 しかし彼女は、釣った魚にちゃんと餌は与えるのでしょうか。いや、仁に関しちゃ大丈夫でしょうけど。
■2.戦場ヶ原ひたぎ
 彼女の属性は「ネタ」ですかね。メイゼルから一気にエロ度が急降下っぽいような。
 彼女の台詞は掛け合いを引用しましたが、掛け合いが面白いキャラ(というか話)なんだから仕方ない。暴言を吐きまくり、時に目突きなんかの暴力も繰り出しますが(でもあまり身体的暴力は振るわない)、ネタとして昇華されて読者をひかせない・不快にさせない・腹が立たない。罵倒系お姉さんといえば、『樹海人魚』の由希ねえさんは、本気できついもの言いだったしなあ……。
 挨拶代わりに毒舌を披露しては主人公をへこませますが、恋人関係になって付き合いだしてもその対応は変わらず。彼氏に向かって「皮を剥ぐ」なんて言っちゃいます。恐ろしいのは、そのネタっぷり・会話の妙味によってムカつくのを通り越して笑えてくるあたりから、だんだんとその悪口雑言が魅力に思えてくるところ。それまでM属性のなかったかたも、軽くM属性を開発されそうなまさに「萌えるサディスト」。S系ツンデレ
 会話の妙味で魅せてくれる、ステキな女性ですなー。
■3.石動美緒
 これは……わりと「普通」ですかね。基本的に罵倒しまくり・暴力ふるいまくり。彼女がやった事を列挙しますと、
 1.硬球をバットで打って人間を狙撃。2.熱湯風呂に人を放り込んで、顔を出せば咀嚼できないほど熱いおでんを食わせる。3.木刀で滅多打ち。
 なお、これを全て喰らった主人公はドMなので、快感にほひゃらほひゃら笑いながらもだえていました。
えむえむっ!』のストーリーは、そもそも「家系に伝わるドMの血に目覚めた主人公が、己の変態性を矯正しようと苦悩するコメディ」なので、必然的に石動先輩も、コミカルサディストという事に。
 先輩は「よくそんだけ出てくるな……」というぐらい、次から次へと暴言が飛び出してくる、畳み掛けるような言葉責めが特徴。主人公はM体質とあわさって、納得いかなくても言われるがままに謝ったり、命令を聞いたりしてしまいます。そんで実際に暴力も辞さないし、この三人の中では一番、直接的に危険でしょうね。
 ただ、ま、「猫が弱点」「弱みを握られている保険医の言いなりになって、コスプレさせられている」なんてオイシイ設定もあるあたりが彼女のミソ。石動先輩は自分を「神様」だと思っていて、「自分は神様だからみんなの願いをかなえてやらなきゃならない」なんつークレイジーな思考の持ち主ですが、その代わり、一度引き受けた他人のお願いは真摯にかなえようとしてくれる人です。普段むちゃくちゃだけど。人の悩み訊いてめちゃくちゃ笑ったりするけれど。

 さて、以上萌えるサディスト(サドデレ。石動先輩はちょっと違うが……)三名をちょいと例に出して考えてみましたが、いかがなもんでしょうか。
 サドキャラはまず、サド的言動を取らねばなりません。つまり、人が泣いたり困ったり悔しがったりしているところを見逃してはいけないのです。ただし、その対象が自身の趣味に合わないならスルーしても問題ありません。TPOは大切に。
 そして、サドキャラはサド的行動の限度や方向性に慎重にならなければなりません。物語が重くなるほど徹底的に責めるのか、それとももっとソフトにいくのか。「好きな子ほど苛めてしまう」を突き詰めると、深刻なイジメに発展しそうですしね。
 また、サドキャラと、サドキャラに苛められる対象の力関係や立場も重要な要素です。メイゼルは「弱いものが強いものを責める」図ですが、ひたぎは同級生(だったっけ?)の主人公、石動先輩は後輩にあたる主人公と、だいたい対等か、少しだけ差が開いているかぐらいの関係です。「強い者」は腕っ節が強いとか、社会的地位(学年、職業、階級)が高いとか、まあ色々ありますね。状況によっても変動するでしょう、マウントポジション的な。「弱い者」はおおむねその逆です。
 A.強者(♂)×弱者(♀)
 B.強者(♀)×弱者(♂)
 C.弱者(♂)×強者(♀)
 D.弱者(♀)×強者(♂)
 関係性を分類するとまず4パターン。異性に興味のある異性に興味のない方は除外。「相手は小学生だけど、雇い主なので逆らえない」とかの設定の場合だと、弱者×強者パターンに分類します。いわゆる「弱いものいじめ」はこころよく思われないもので、ジェンダーフリーとか言っても、やはり世には「女を殴る男は最低」という観念は正しいものとしてまかり通っております。だから、責めに対する嫌悪感が高くなりそうな順で並べると、A>C>B>Dというところでしょうか。ちゃっと並べただけなので、異論は受け付けます。でもトップはやっぱりAかと。
 ただ、Aパターンは『魔人探偵脳噛ネウロ』の主人公で徹底されていますが、責められる側がわりとその状況に甘んじているため、嫌悪を退けてエロスをかもし出しています。「酷い事されても受け入れる」ってのはマゾの条件ですし。江戸川乱歩『少年探偵』シリーズで、子供達は大人に翻弄されまくっていますが、それを受け入れているからまた独特のエロスがあるわけで。
 そもセックスはコミュニケーションではなく「暴力」であるという見解があります。そしてSMにおいて、Sは暴力と暴言によって、Mの「自由」を侵害します。それを受け容れるという事は、セックスにおいて自分の領域に他者を踏み込ませ、踏み躙らせる事と同義なのではないでしょうか。……ん、話がズレたような。
 ま、そんな訳だから、SMネタそれ自体はわりと際どい表現ではあります。際どいからギャグにも使えるけど、読者に「イジメ」と認識されれば嫌悪感を催される。が、それをソフトに繊細に扱う事で萌えに昇華する事も出来るはず。石動先輩のような罵倒パターンはわりと見るんですが(いや、先輩が繰り出す暴言の機銃掃射も中々のもんですが)、ネタとして楽しめる・エロ可愛いなどの要素もまた重要。
 萌えるサディストに必要なのは何か? X軸Y軸で言うなれば、「ソフト・ハード軸」「エロス・ネタ軸」でしょうか。この辺もうちょっと考えを詰めていきたいですな。