オンライン文芸マガジン回廊13号・特集小説感想

『回廊』PDF版もめでたく配信されたので、今更ですが。13号の特集『月』をテーマにした特集小説群についての感想。なんか一部月と関係なくも見える作品がありますが、そこはそれ。

ひとりぼっちの月の子は  著/市川憂人(原稿用紙換算90枚

 うぬ、これは……!
『回廊』11号に掲載された市川さんの作品『呼び声』は、ぶっちゃけ「なんだこの痴女」という感想しかもてない(もちろん好意的な意味ではない)だったのですが、この作品はそんなマイナスイメージを払拭する素晴らしい出来でした。
 乱れ飛ぶルビの数々(たぶんフランス語ですな。でも月ってリュンヌじゃないんか)は少し人を選ぶかもしれませんが、まあライトノベル読みなら許容範囲でしょう。作風としてはいつかのヘリテロ*1に載っていた吸血鬼の話と同系統ですな(やや内輪向き表現。というか該当のヘリテロが見つからないので確認できねー)。
 仮想現実空間と現実が限りなく一体化した遠未来。落ちこぼれ少女の主人公は一桁女(ワノーダ)の蔑称も頂戴し、世界に馴染めない日々を送っていた。そんな彼女が出会ったのは、同じく世界から落ちこぼれた謎の影。影を追って現れる世界的英雄の女騎士と出会い、彼女は影──月の子を守るろうとするが……。
 気体量子計算機エーテル)によって変容した世界から、弾かれ、切り捨てられ、落ち零れたふたりの出会いと別れ。……うーんこう書くとちょっと陳腐かな。設定以外での見所は、綺麗に伏線と設定が繋がっている完成度の高さでしょうか。作品の世界観がよくまとまっています。続編があったら是非読みたいですね。

超能力の惑星  著/霞 永二(原稿用紙換算40枚)

 海外の1時間ドラマのような印象。キャラの名前も冒頭でずらずらとアンディ、バリー、クリスティーナ、コリン、ディヴ、スチュワート、ティナと並べられて、覚えるのに苦労するかも。
 ポップな星新一というか、起承転結がはっきりした印象の読みやすい小品という印象です。惑星の調査に出かけた宇宙飛行士が、現地で不可解な遺跡を調査し、その過程で次々と超能力を得ていく。果たしてこれは? というところでばっと謎が解け、同時にゾッとするオチがつく。転から結への流れが実に心地好い。
 あ、テーマの「月」は「惑星」に掛かるんですかねしかし。

月夜と戯言  著/クサカベアヤ(原稿用紙換算15枚)

 失恋した青年の、恋人の思い出に関する物語、かな。ところどころ「君」という呼びかけがありますが、読者ではなく失恋相手に呼びかけています。終わってしまった恋のほろ苦さと言えばいいんでしょうか。私としてはどうにも冗長に感じられました。これなら10pぐらいの掌編でもいいのでは?(まあこの分量でも充分掌編ですが) 君、という呼びかけがひたすら繰り返されており、誰のことなんだろうと楽しみに読んでいたので、拍子抜けしてしまいました。いまいち。

ささやくこえ  著/島田詩子(原稿用紙換算10枚)

 どういうわけかお月様がちょっくら空から降りてきて、少し活躍しては帰っていくオムニバス三編。
 正直、何を書きたいのかややピンとこない内容でありました。三編のお月様はそれぞれキャラ(性格)が違っており、そこのところが月齢とかけて「月には幾つも顔がある」ということなのかなとも思うのですが。それにしては説明不足な気もしますし、三編のうちどれか一編のティストに統一させて欲しかったと思います(個人的に一編目がいいですね。あの両成敗な感じが)。

流れる月の王国  著/添田健一(原稿用紙換算35枚)

 秋山編集長イチオシ作品。特集小説5本の中で、一番面白い小説を訊かれたら、迷わず「ひとりぼっちの月の子は」を挙げますが、文章力で訊かれたら間違いなくこの作品であります。
 フィクションにおいて「美形」は溢れているわけですが、その描写を文章の隅々まで行き渡らせられる作家はそう多くはありません(ま、私が知らんだけかもですが。余談ですが菊池秀行は人外の美形好きなんでしょうか、太摩とか秋せつらとか)。が、この作品では主人公の妹・メイが、美人と説明されるまでもなく「綺麗」であると読者は感じることが出来ます。なんか前の作品紹介(宣伝)でも同じようなこと書きましたが。
 ただ、ストーリーに関してはそのぶん二の次でしたね。雰囲気としては、学校の図書室で読んだ、冒険物の児童書を思い起こさせる。現代から遠く離れた時間と場所で、親と部族から離れた兄妹が、何とか合流しようと旅をする。お供をするのは一匹の白い狼で、妹は不思議な声を聞く力があり、樹と心を通わせる。そして最後は……、
 私としては、もう少し主人公達の境遇や今後について説明が欲しかったのですが、これくらいのほうが空気を損なわなくていいかもしれません。文章と雰囲気を楽しんでオツリがくる作品。

*1:文芸同人誌ヘリオテロリズム