皆川博子『総統の子ら』

 形成(笑)はやっぱ見た目がアレだな。というわけで、(赤騎士にしようかと言いつつ)バナーを蟹に変更。
 聖槍十三騎士団黒円卓4位“串刺し公(カズィクル・ベイ)”ヴィルヘルム・エーレンブルグです。製作会社のlightが蟹のサングラスを実際に作ったら数万したとか。えらく微妙な出来のフィギュアにされたりとか、騎士団男勢の中ではとかく愛されている御仁です。

総統の子ら

総統の子ら

 退会する前、Mixiで書いた自身のレビューを転載。

 我々は戦死するだろう。しかし、総統は、ドイツを救う。カールもそう信じている。(488p)

 戦前・戦中・戦後の三区分で、ドイツ側から見た第二次世界大戦を描く力作。力作過ぎて、ちょっと背景の書き込みとかが重たいです。
 ストーリーは、無垢な思いで武装SSに憧れる少年カールと、カールが憧れるSSながら、ある転機からSD(保安諜報部員)として裏仕事に関わっていくヘルマンを二人の主人公として進みます。彼ら二人の仲介に存在するエルヴィンもまた、途中影が薄くなりますが、三人目の主人公といえるでしょう。
 ハイドリヒやヒムラーなどの歴史上の人物も登場し、一般に知られる「ナチスは絶対悪」という認識に否と声をあげるがごとく、人間としてのナチス武装SS、当時のドイツを書き出していきます。戦争が悪なのではなく、戦争に負ける事が悪なのだといわんばかりに。
 作者は膨大な資料を読み、よく情報収集して本作を書いていますが、それでも、これは小説(まあ、若干ノンフィクション的な向きはありますが)。書かれた事全てを鵜呑みにするには、私はもう少し勉強せねばならない。それでも、確かにニュルンベルク裁判や東京裁判は違法な私刑法廷でありました。自分達に都合のいいよう敗戦国を裁く、遡行法によってなされた不当裁判……。
 本作とは別の資料で、赤軍によって蹂躙された柏林の悲惨な状況を読みましたが、事前に知っていても胃が重苦しくなるような、悲惨な戦争。
 前半1章2章(これだけで全7章ある作品のほぼ半分になる)は、戦前なだけあって穏やかで、緩やかに物語りは進む。
 前半が「挿絵:萩尾望都」とか耽美な少女漫画が似合いそうな情景の青春物語とすれば、後半、戦中戦後は「挿絵:小林源文」というくらい血生臭く泥臭いストーリーになっていく。血を泥を膿を浴び、射殺の意味も分からない子供を撃ち殺し、罪の意識と汚濁にまみれながら、それでも国を護って死ぬ覚悟を持って戦う少年達を、敗戦による更に苛酷な運命が待ち受ける。
 胸躍るような戦争活劇ではなく、ナチス隆盛の時代はひどく短くて、読み終われば敗戦による悲惨ばかりが印象に残って苦しくなる作品。
 戦中はポルシェヴィキの残虐な行為と、捕虜収容所のジュネーヴ協約を無視した非人道的な扱いが跋扈し。戦後は武装SSを「ヒトラーの狂信的な私兵」「正規の軍隊ではなく犯罪組織」と断じる連合国によって、力一杯戦った兵士達が不当に断罪されていく。
 そしてドイツ国民も、また。軍人が戦争をやめなかったから私達が苦しんだと、彼らを糾弾する。戦争をやめれば、無条件降伏など受け入れれば、また第一次世界大戦後に受けた屈辱と悲劇が襲うと分かっている。ナチスはそれこそ、国民のために負けられなかったのだ。
 やり切れない。読み終わって思うのはただそればかりだ。
 今、ドイツではナチスについて調べる事を禁じている。ナチスが悪であるなら、それを調べて過ちを繰り返さないようにするのが、本来正しい姿勢であるはずなのに、だ。もちろん、詳しく調べられれば、当時連合国が行った「絶対悪」というプロパガンダが綻びてしまうからに他ならない。
 ドイツ人の中でさえ、ナチスを擁護する者はネオナチと呼ばれる。……このへんを語り続けると、南京事件の話とかに及ぶので、このくらいにしておきましょう。
 最後に。本作はカールのところで登場したキャラクターが、またヘルマンのパートで登場したりして、登場人物一人一人にある物語の奥行きを感じさせてくれるのが心憎かった。が、一方でヘルマンやマックスのその後がやや尻切れトンボ気味に終わってしまったようで残念。マックスってカールは好きだったのかもだけど、ヘルマンに対する本心はどうだったんでしょ? カールの母や、パウルのその後もちょっと分からないままなのも残念。
 まあ、その辺はちょっと贅沢な我が侭なのですが。前半部分がちょっとゆったりとしてて、やや冗長にも思えるので、それと合わせて星四つです。