一橋鶫『魔術師たちの言想遊戯I』

魔術師たちの言想遊戯I (ファミ通文庫)

魔術師たちの言想遊戯I (ファミ通文庫)

※ネタバレあり注意。
 構想中のネタとかぶっていることを知り、慌てて手を出したえんため大賞特別賞作品。とりあえずえんために出すのは控えた方が良さそうだが、別にカブリと言うほどカブリでもなくて一安心。
 話としてはそれなりに完成度高くて、一定の技量を持っていることを伺わせてくれる出来でした。ただ、作者とはどうも感性が合わなくて、イラッとかカチンと来る箇所多かったので、続編はもういいや。
 最初「敵愾心を持って読んでいるからそう感じるのかな?」と自分でも思ったんですが、似たような経緯で読み始めた『戦う司書』シリーズは、そのままはまってシリーズ全部集めたから、やっぱ違うなあと。
 後書きが何だかうざったく、ちりばめられたパロネタに萎え、キャラに魅力を感じず……と何か色々マイナス要因が多かったです。何か、合わない。
 他にも、魔術師を統括する(一応役所の)『言霊会』という組織が敵として出てくるんですが、こいつらがどうにも「言霊マフィア」としたほうが良いような暴力的組織なのが引っかかった。
 言霊の力で魔術を使う言想魔術。それは当然、言葉を扱うのがうまい人ほど得意なわけですが……そのエキスパートぞろいの言霊会が、やけに視野狭窄
 言想装具(マジックアイテム)の実験で何人もモルモットにしたり、在野の術師を狩り立てたり、何か日本とは思えぬ無法地帯に生きてるっぷりが酷い。
 ラノベの敵だからそんなもんかもしれないけれど、言霊というものをかかげておいてそれはどうだろう? という薄っぺらさを感じる。
 まあ深いテーマなのであまり突っ込まず、ラノベ的エンタメ性あるバトル方面へ突き進んだのはいい判断とも言えますが。でも言霊会にももうちょっと言い分というか哲学とか信念とかあるいは穏健派の存在があってもいいと思った。
 まあこのへん、近親憎悪みたいなのもあるのかもしれない、個人的に。
 プロローグが「拷問をやめることと引き換えに、暗殺を命じる男と命じられた男」なんですが、この出だしから何かうっと思うものがあった。でも、逆に俺はこういうプロローグとか場面を書いちゃう人間だよなあっていう点で。


 薄っぺらいと特に思ったのはキャラクター、中でも主人公ですね。
 カトリはヒロインの魔法によってオリジナルの「弓原」から別人の「久実原」に変えられてしまうのですが、これが冒頭から明らかになっているもんだから、久実原がどうも活きたキャラとして感じにくい。
 読者は「魔法でぽいと生み出された」非人間的なものと知っているんだから。魔法ですから、全然普通の人間のようには振る舞うんですけどねー。軽薄すぎるし、ヒロイン口説くにしても言いようが何か、あまりよろしくない。
 弓原の境遇とかは断章にでも挟んで、終盤まで隠しておいたほうがサプライズだったんじゃないかなあ(同じ事感想で書いている人をなんぼか見たが、本当になぜこんな判断にしたのか悩ましい)。
 ……なんかソーマとマリー(ガンダム00)思い出した。あれはかなり話に都合良く作られた二重人格だったもんです。あそこまで酷くはないけどさ。
 ヒロインも、何か百ページ過ぎるまで登場しなかったりしたのはまあ目を瞑るとしても、終盤以外目をみはるような魅力がなかった。
 イラストでのデザインはとても素晴らしくて、彼女の魅力はおおかたイラストで形成されている気がする(逆に主人公のイラストはどうも似合わない気がしてならない。久実原でも弓原でも)。
 このヒロイン、設定は特殊なんだけれど言動は超普通なんですよね。取り立てて変わったこと、ひねったことなんて言わないんです。ベタベタだな〜って印象。
 時たま幼い面を覗かせるから、そこを強化しても良かったんじゃないでしょうか。需要あるだろうし(ロリは一人いるけれど元は成人男性だったらしいしな)。
 あと、基本的に何もしない。主人公は彼女に救われたって思っているけれど、それは彼がそう勝手に思っちゃっているだけで、ヒロインは救ったつもりも助ける気も別になく、それどころか自分が何かしたなんて相手から言われるまで全く知らないんです。
 戦闘シーンは多いけれど戦うことはないし、主人公と会話があるくらいか。その会話も前述のように取り立てておっと思うイベントは特にない(アルバム見ていた時の件とかぐらいか)。
 基本的に「守られっぱなしのお姫様」なだけで、無個性なんですよ。最後らへんでカトリを墓地へ案内して、そこからとてもヒロインパワーだったし、ラストのデレは実に良いんですけれどね。
 もうちょっと過程のシーンはどうにかならなかったのか……そもそも彼女、こいつに惚れていいのかなあ、とも思います。何か久実原が彼女に惚れた理由がピンとこない(外見しか見てなかったように思える)のに、その久実原に延々ラブコールされ続け、対人経験少ない(生後一年)こともあって洗脳されたようにしか見えない。
 現実でも、人間、自分を好き好き言う相手に惚れることはよくあるし、それはそれで幸せなのかもしれんけどね。
 あとはまあ、ダンディーロリの店長と、しゃべる犬チャムさんが良かったぐらいのものか。説子は「無口な回復要員」ぐらいでいまいち印象薄い……。
 浮舟さんは怖いし嫌いなタイプですねー。一応「巻き込まれた被害者」だった主人公にあの態度はねーよなと引いてたらすぐ死んで、ああ死に要員だから嫌な奴だったんだなと思ったぐらい。

 良かった点としては、何と言っても言想魔術の設定ですね。
 魔術師の派閥が「語族」と表現されている点や、言想魔術史の視点としての歴史講座とか。歴史上の著名人が実は魔法使いだったり、洋の東西を問わず貴族(おそらくは識字階級)がイコール魔術師だったりというのが。
 言葉の乱れは魔術の乱れ、だから我々は日本語圏を死守する! っていう大義名分が一応言霊会にはあるんですが、「なんでそれを守らなきゃいけないの?」って首を傾げるのは残念な点でしたが。日本語が乱れたら日本語魔術がどう弱体化するのか、特に詳細説明されてないし……。
 つーか黒人侍のオルト先生は、言霊会所属だけど元の語族との繋がりはどうなってんの? 寝返り?
 非日常世界での暗闘と、日常世界での営みが密接に関連しているというこの設定には、一般人への選挙活動が重要であったPBM『ソング・オブ・トリニティ』ぽくて良かったけどw
 各キャラクターの言想魔術も、固有の特徴が異能バトルとしての側面を強めていて面白いです。検閲による呪文無効化、同音異義語、論理の糸による逆接と順接、などなど……。
 ただ、異能物ならではの相性がどうのとか応用性にはいまいち欠けていたかも。検閲主義の凜先生は、あの盲目さがいかにも言霊会の刺客という「都合の良い悪役」っぷりを際だたせていましたが……。
 オルト先生もそうだし、言霊会は全般的に安っぽい悪役なんですよねえ。出てくるのが管理官しかいないから、組織の下っ端って相当弱いっつうか、組織自体大した規模じゃなさそうって印象もあるし。
 それと主人公の「言霊の弾丸」は、夜桜四重奏の弾弾弾弾(ダダダダーッ)! にしか見えないので困る。ヒロイン救う手立てにはなったけれど、そのまんま過ぎてやばくないですかね。余談だが、殻の中に言葉が届いていたってことは、一応これって連絡手段にも出来るのか。
 夜桜四重奏の名前を出したところで、ちょいとパロネタにも触れてみる。
 パロディに善悪無し、ただ巧拙あるのみとは言ったもので、パロるのは悪い良いじゃなくて、面白いかどうかが大事だと思うのですよ。この作品のパロは面白くないからよろしくねえ。
 重要な場面のやり取りですら「だが断る」とかってパロや引用で返してて、萎えてしまうのですね。もうちょっと場面選んでくれよと。リスペクトよりもウケるっしょ? な作者の意図を感じるというか。
 このパロでも特に致命的と思うのが環ちゃんの存在。スケッチブックを使った筆談を行う、主人公の同級生(♀)なんですが……。
 主人公が「どこぞの美少女ゲームのキャラクターを真似したいお年頃」と言ったり、作者が後書きでKyeのゲームに影響を受けたと明言していたり、パロよりもオマージュとして受け取って欲しいキャラのようですが……。
 こっちとしてはオマージュしてどうすんだ? という所でしょうか。これってあれだよな〜……と冷めた気分で見てしまう。筆談には設定上の必要性はあったけど、あのキャラをそんなに彷彿させる必要あんの? ああ作者がやりたかっただけなんだね……。
 筆談キャラってだけなら、電撃文庫のみーまーに「伏見柚々」というキャラもいるんですけどねえ(あれのストック制度もそれはそれで理解に苦しんだけど)。

 気に入らない箇所を挙げていったらずいぶん長くなってしまった……。
 主人公が二重人格になってしまうというややこしい設定と状況を捌ききって、ちゃんと話を完結させていることは凄いし、設定はやはり好きです。
 それに対して、敵組織や人物の作り込みに甘さが目立つかなあという。せめて主人公(久実原だけでも)もっと素直に好感が持てる奴だったら良かったのかも。
 あと肝心な点として、言霊をメインにしてるわりに、「言葉の力」迫力感が物足りなかった。ただの暴力装置としてしか機能しておらず、このへんは作者の限界を感じる。上で言ったことと矛盾しているようだが、そっちは設定の煩雑さとしての話と思ってもらえれば。
 主人公がヒロイン説得するのに三ページずっと台詞を言ったりするけれど、ただ長口上すりゃいいってもんでもないと思うんだよねえ……。というか店長の講釈を丸引用せんでもよかったんでは。
 戦闘に参加しないヒロインだからこそ、彼女ともっと「言葉」のやり取りをして欲しかったんだけどな。パロネタの多さも、言葉の力を軽んじて写るから嫌なのよ。